あなたの歌
ある者は酔いつぶれ、ある者は食い倒れ、ある者は疲れ果て、思い思いに転がって眠りに落ちる中、ひとり、エルフだけが未だたのしげに、疲れの片鱗も見せずに即席の弦楽器をつまびき、ワインの杯を片手に歌い続けていた。木々の喜び、ちらつく日光、小川のせせらぎ、旅の喜び――そんなものをとりとめもなく歌うその声は、一行の眠りをいっそう深めるものではあったが、
「――!!」
アラゴルンは不意にがばっと顔を上げた。歌に身を委ねて眠っている彼の神経を、急に何かが逆なでしたのである。
「アラゴルン?」
不思議そうにレゴラスは手を止めて首を傾げた。アラゴルンは違和感の正体を知った。
「レゴラス、正直に言う」
他の皆が眠っていることを確かめて、深刻な声で囁く。
「君が、ボロミアが歌って聴かせた通りに歌っているだけなのはわかる。
だが彼は音痴だぞ」
「知ってますよ」
あっさりとレゴラスは答えた。答えてから、ひとしきり、恐ろしいほど正確にボロミアの歌った通り、調子っ外れのゴンドールの民謡を歌ってみせた。思わずアラゴルンは耳をふさぐ。
「レゴラス」
「ボロミアが、苦手だって言いながらちゃんと教えてくれたんですから、この歌はこうでいいんです。
わたしはずっとこの旋律で覚えていることにしたよ」
キュン、と弓を鳴らし、起き上がってきたアラゴルンの背に背中合わせで寄りかかる。
「1000年たっても、2000年たっても。
わたしがこの歌をこうして覚えているよ、ボロミアその人のことと一緒に。誰が忘れても。誰もが忘れても」
アラゴルンは肩に流れてきた金髪を手に取り、そっと口にくわえて言った。
「君は本当に……
私たちのことが、いとしいのだな」
返事はない。
ただ、ころん、と肩に頭が乗ってきたのがわかった。
背中合わせでは撫でてやることもできず、ただ、肩に落ちた髪をもてあそぶ。
「私のことも、君は覚えていてくれるか?」
言わずもがなのことを、アラゴルンは敢えて問うた。
レゴラスは小さく笑って、手探りにアラゴルンの頬を探り当て、軽くその頬を抓る。
「当たり前のことを言うもんじゃないよ、エステル」
幼名を敢えて呼んだレゴラスは、再び、だが、今度は闇の森の子守歌をものやわらかに歌いはじめる。
アラゴルンは小さく笑って瞳を閉じた。そう言ってくれると、わかってはいた。だが、声に出してそう言ってほしかった。
――結局、私もボロミアと同じか。
背を合わせたまま、手探りに先ほどつねってきた手を捕らえ、軽く握る。
途切れることないエルフの歌声に、いつしか、ロスロリアンの各所から、唱和の声が起こりはじめる。
弔歌ではなく、眠りを誘う子守歌に包まれて、旅の一行は疲れ果てた体を横たえ、草の上に眠った。