聖夜にあなたの運び屋を



「おやキミですか……この番号をいったいどこで? ……仕事ですか? 年末年始はかき入れ時ですから、飛び込みの依頼は料金も高くなりますよ? ……なるほど? まず、依頼内容を、お聞きしましょう――」







振り返ってみれば、ひとりきりのクリスマス・イヴというのは案外珍しかったかもしれない。
ぼんやりとキャンドルの灯りを見ながら、銀次はそう思う。
無限城にいた頃も、蛮と一緒に生活するようになってからも、クリスマスをひとりで祝ったことはなかった。
「――蛮ちゃんの馬鹿」
目の前の空席を見ているうちに情けなくなって、めそめそと溜息をつく。
いくらなんでも、前日になって「俺はイヴは別行動だからな」はないだろう。せめてもっと前から言ってくれていたら、……
「――そりゃ……だめだったけどさぁ。もう一回チャレンジしようとか、思ったかもしれないじゃん」
目の前に並ぶ料理を――銀次としては異様に珍しいことに――食べる気さえ失ってフォークを投げ出す。
がちゃん、という音にウェイターが眉をしかめたが、客の大半は見向きもしない。それはそうだ。カップル同士、お互いの顔を眺めるのに夢中なのだから。
イヴに散財しようと思って貯めたお金、全部食ってやるとばかりにレストランに飛び込んだものの、これじゃあ食欲も失せるばかりである。
「――俺だって」
俺だってさぁ。と酒場の親父のようにグチながらたれる銀次の、その脳裏に浮かんでいるのは、顔の造作だけ言えばこの店の中のどの女性よりも整っていて綺麗な、黒衣黒髪の想い人――性別は誠に残念なことに「男性」ではあったが。
そう、だめだったのだ。イヴ、どうですか、暇ですか、と恐る恐る切り出した銀次の顔をきょとんと見返して、コケティッシュな微笑とともにあの人はきっぱりと、


――だめです。
なっ……なんでっ?
――おや、知らないんですか? クリスマスを含めた年末年始は、運び屋のかきいれ時なんですよ。
かっ……かきいれどきぃ? なにそれ? 運送会社じゃないんだから!
――似たようなものじゃないですか。イヴを共に過ごしたいので家族を無事本拠地に運んで欲しいとか、愛人に贈る宝石を正妻に知られぬように届けてくれとか。裏の世界のビッグネームさんたちも、そういった事情をお持ちなんです。


『だから、私のここ数年のクリスマスと正月は、いつも馬車のトラックの中で迎えています。依頼の遂行中で』


「赤屍さんなんてだいっきらいだーーー!」
回想シーンの白皙の微笑に向けてがー! と吼えると、さすがに店中の視線がこちらに集まる。
はっ! と我に返った銀次が、店中の冷たい視線にいたたまれず立ち上がって店を飛び出そうとした時、


「残念ですね。私はけっこう君が好きなんですが」


さらり、と吐かれたものやわらかなテノールに、あやうく顔を料理に突っ込みかけ――


「あ――あああああああ」
「喉につまらせました?」
「ああああああかばねさんんっっ?!」
「はい♪」


茫然と立ち尽くす銀次と、ことのなりゆきを固唾を飲んで見守る他の客と、186cmの長身と黒ずくめのなりとなんとなく近寄り難い雰囲気に声もかけれないウェイターの前で、赤屍はにこにこてきぱきと、


「念のため確認しますが、君は天野銀次クンですね?」
「は――はぁ? い、いまさらなにを赤屍さんっていうかなんでここにっていうか」
「必ず本人に手渡すよう、依頼人からお願いされていますので、念のため確認したんです。君がどこにいるかわからないというので、探すのに手間取ってしまいました」
「い、――依頼?」
ということは仕事の途中? いや待てよ依頼人が手渡すってつまり――お届け先は――
「天野銀次様、美堂蛮様からお届け物です」
「え――えええええっ?」


向かいの席にふわん、と座って帽子を脇に置き、
「こちらの2点になります」
テーブルの上に、一通の封筒と綺麗に丸く巻かれた赤いリボン――を、ぱさ、と置く。
店中が凍りついている中、動じた様子もないのはさすがとしか言いようがない。
「ということで、サインくださいv」
受領証を魚料理とライス皿の間に置いて飾り気のないプラスチックのボールペンも、ちゃんとその隣に添える。
見事な手際だ。
「あ、あああああの、あのですね、赤屍さん」
「はい?」
「これ、本当に蛮ちゃんが――?」
「私に、こんな手の込んだことをして君を陥れる必要性がありますか?」
確かにその通りだ。
「それに、このメッセージカードは彼の自筆のようですし。
 疑うのなら、とりあえず開封して確認してみてはいかがです?」
運び屋の顔で赤屍はにこにこと、封筒を銀次に手渡す。
「は……はい、じゃあ、お言葉に甘えてですね」
おずおずと手を伸ばし、しっかり封のされたそれを、中身を破らぬよう開いてみる。
見慣れた右肩上がりのぶっきらぼうな走り書きが、銀次の視界に飛び込んできた。


『銀次へ
  奪還してやったから、あとはおまえが何とかしろ。
  せーぜー良いイヴを迎えやがれ。
                 蛮』


そして小さな文字で、その隣に「&Heaven」「&Honky Tonk」「&Volts」とそれぞれ個性的なアルファベットの走り書きがされていた。


まじまじと赤いリボンを手にとって眺める。
その若々しい顔は上気して真っ赤だったが、他人のことに頓着しない赤屍が、そんなことに気づくはずもなく。
「なぜそんなものを、と正直思わないではなかったのですが、正規の料金をお支払いいただけるということでしたので。
 サインしていただけますね?」
「――あのぅ、赤屍さん」
「はい?」
「リボンもメッセージカードも、普通はプレゼントにくっついてくる物だと思いませんか?」
「思いますが、まぁ、私は報酬さえいただけるならそれで」
「赤屍さん!」
「――はい?」


固唾を飲んで見守ったままの客を綺麗さっぱり無視した銀次は、食らいつかんばかりの勢いで、首を傾げて見返す黒衣白皙の麗人に向け身を乗り出す。


「お願いですっ!
 オレと飯食ってってください!」


「――はぁ……」
勢いに飲まれて2・3度まばたきしたのち、ほとんど無意識のうちに微妙に後ずさる赤屍に、さらに身を乗り出す銀次。
「この後の予定はっ?」
「いえ――君を探すのにかかる時間が、特定できなかったので。
 先に危険な仕事を終えて、馬車ひとりでも大丈夫な、運搬優先のものを残してこちらに」
「じゃあっ、俺と一緒にいてもいいんですねっ? ねっ? ねっねっ?」
「まぁ――大丈夫でしょうね」


考えつつ頷いた赤屍の手をがしっ! ととり。手袋の上から、ほどいた赤リボンをくるくる巻いて結び直す。
「あの――銀次クン?」
「いいからっ! 俺が奢るんでご飯食べてください!」
「あ……ではメニューを――」
くる、と斜め後方を振り返ると、凍りついたままのウェイターに、躾のなっていない店員ですね、という視線を向ける。
気の毒なウェイターが飛んで消えたのを見送ると、やれやれ、と肩をすくめて銀次に向き直り――


「――よく、食べますねぇ」
「当たり前です! 俺、育ち盛りなんですから!」
「なんだか、君が食べているのを見ると腹が膨れてしまいました……わたしはワインだけ――」
「だめです、ただでさえそんなに細いのに。ちゃんと食べなきゃだめ! 夜は長いんだから!」
「――はぁ?」









「準備中」のプレートのかかったドアの内側で、数個の人影が息を飲んで何かを見守っていた。
ジー、という音と共に、FAXから吐き出されつつあった紙がカットされる。
カウンターの奥でおもむろにそれを取り上げた男が――


「――奪還、成功だな。蛮」
小さく笑って、受領証のコピーをひとりの青年に手渡した。
「ワァリ、波児」
ほんの少しの照れを交えた仏頂面で、その紙面を受け取った蛮が、マルボロをくわえたままの口元を、にい、とおかしげに歪める。
「――字が躍ってやがる」
ピッ!と指の間に挟んで投げた紙を、その場に黙然と佇む男が針の先にひょいと引っかけて引き寄せ、繊手、と表現したくなるような手へとふわりと届ける。
「ありがと、十兵衛……どれどれ……ははっ、銀次さんらしいですね」
ふたり仲良く覗き込んだのち、紙は、隣で我関せずの態度ながら興味津々の様子の、長身のバンダナ青年に渡り、
「――ったく。浮かれんなってんだ」
ちら、と青年は見て、隣席の魅惑のバストをろくに見学もせず適当に紙を投げた。
「ちょっと、士度くん」
わたわた、と受け取った女性が紙を広げ――


「『デートぞっこーちゅーでーす!!』だって! やーねえ、銀ちゃんったらムードないんだからぁ」
けらけら笑いながらコルクボードにヘアピンで留める。
一気にその場の空気が和み、「じゃあ、銀次の成功にあやかれるよう、乾杯しようか」と波児が奥からシャンパンを引っ張り出してきた時――


カタカタ、と「準備中」のプレートが揺れたかと思うと、


「――常連客だけで閉じこもってるなんて、タチ悪いわよ」
浅黒い肌の少女が、扉の向こうに立っていた。


「卑弥呼……」
ほんの一瞬にもならぬ無言のやり取りのうちに、対処する人間は蛮、と定められたらしく、他の人間はそれぞれの態度で目礼するも、動かない。
蛮ひとりが立ち上がって、
「なにやってんだ。運び屋は稼ぎ時じゃねえのか」
煙草をくわえたまま淡々と尋ねた。
「そうよ。仕事の途中。ジャッカルが飛び込みの依頼受けたせいで、あたしに馬車さんの仕事が回ってきたの」
「へぇ? そりゃ気の毒なこった」
どうやらジャッカルの「飛び込みの依頼」の内容を知らぬらしい卑弥呼に、これは知らぬ顔を決め込むべきだと一瞬で判断した蛮が、同情顔で肩をすくめる。
「そうよ。馬車さんもなんだってこんな用事をあたしに――」
いまいましげにつぶやいた卑弥呼の言葉を、聞きとがめて「なんだって?」と近づいた蛮に、つかつか、と近づくと、


「ミスターノーブレーキからの伝言よ。
 『ほしけりゃ素直に言うたら、いつでも寄越してやるぜよ。今度から本人に獲りにこさせい』ですって! なんだかよくわからないけれども、とにかく『運んだ』からサインちょうだい!」


耳をひっつかんで鼓膜を破りかねない勢いで、伝言とやらを超至近距離で吹き込んだ。


きーん、となる左耳に人差し指をつっこんで眉をしかめつつ、伝言の内容を反芻する。
蛮の今回の「奪還」は、「馬車から赤屍を奪還して赤屍自身に銀次の元へ運ばせること」が目的だった。
そのために、赤屍個人の携帯電話を知る仲介屋「HEAVEN」が協力した。
破格の依頼料は、現金ではなく、花月と十兵衛のチームの情報網と、士度の異能によって支払われた。彼らは己の身体と能力と情報こそが、百金に勝る取引材料となることを知っていた。
そして蛮が赤屍に依頼した。細心の注意を払って言葉を選び、たくみに、この依頼が容易に実行できるものではないと吹き込んだ。
赤屍と馬車は、本来なら組む必要もないビッグネームだ。個人で運ぶことのできない大きさのものを、横取りされる恐れが大きい。その2つの悪条件が重なった時のみ、彼らは組む必要に迫られる。
ならば彼らは、危険度も商品も大きい仕事をふたりで先にまとめてこなした後、別れて個人で引き受けた依頼を片づけるに違いない。
そこまで読んでの賭けだった。
赤屍は警戒の欠片もなくそれに乗った。当然だ。あの絶対的な強さを誇る魔人は、基本的に他人の企みに拘泥しない。企まれたところでいかほどのこともないからだ。
だが――


「――あのおっさんにゃ、何もかもお見通しってわけか」
煙草の煙を深々と吐き出すと、細い眉をさかだてた卑弥呼がぷい、と顔を背ける。
「とにかく! サイン頂戴、サイン! 馬車さんに届けるんだから」
ふ、と気づいていらいらしている少女に視線を向ける。
「伝言って……あのおっさんに直で頼まれたのか?」
「そうよ? 何か文句あるの?」
「いや……」
「とにかくサインしてって言ってるでしょ――」
「なぁ、卑弥呼」
「なによ」


「乾杯ぐらい、してけや」


――おせっかいなおっさんだぜ。
ちっ、と心の中で舌打ちひとつ、なんとなく負けたような気分になりつつも。
無造作に顎を、奥の仲間にしゃくってみせ、
「せっかく面子も揃ってんだ――銀次以外な。
 どうせ仕事一段落したんだろ? よってけよ」
「誰があんたなんかと」と言いかけた絶妙のタイミングで、人当たりの良さナンバーワンの花月がものやわらかに立ち上がる。
「そうですね、せっかくの聖夜ですから。少しくらい、寄り道されても良いんじゃないですか?」
「そ……それはそうだけど」
「決まりだな」
「何よっ、あんたが決めつけないで――」









時計を見ると、ちょうど日付が変わるところだった。
助手席は冷たくなってから久しい。もっとも、あの美しく冷たい魔物がそこにひっそりと座っていたところで、大して温かくなりはしないのだが。
「――帰ってこんなぁ」
新しい煙草に火を点けて、煙を吸いこむとゆるゆると吐き出す。
『おかしな依頼ですね』
そう言って生真面目に首を傾げる彼の姿が、助手席にあったのは5時間も前の話だ。
『引き受けたもんは仕方がない。先に俺がおらんとでけん仕事を片づけとけ』
『それは、そうしますけど』
なんでリボンとカードなんて、ねぇ。そう言う彼を適当にいなして、仕事をこなして、送り出して。
どうやらこの様子だと朝まで帰って来そうにない。
そして先程、もうひとり、運び屋を奪還屋の元に送り出したばかりだった。


「――柄でもねぇが」
どうやら今年は、図らずも自分はサンタクロースになってしまったらしい。
それも奪還屋と運び屋専門の。
それはそれで構わないと彼は――馬車は思う。
ひとり淋しくトラックの運転席に座っていても。
どうせ運ぶなら不幸より幸福を――運びたいではないか。


――うまくいかんかったら、さっさと帰って来てかまわんぜよ。


そんな、言わずもがなのことを言った馬車に、赤屍は助手席を降りかけて振り返り、しれっと言い返したものだ。


『私がこれしきのミッションに失敗するとでも?』


たしかに赤屍は依頼を果たすだろう。だが「うまくいかない」とはそんなことではないのだと、言ってもきっとわかるまい。
――おまえだけでなく邪眼の小僧も雷帝の小僧も、ミッションには成功しよったみたいだがよ。
意志が通じているようで全然通じていない会話も、何だかとても自分たちらしくて笑わずにはいられない。


携帯を取り上げると耳に当て、ややあって、
「卑弥呼か。残りの仕事も俺ひとりでかたぁつきそうじゃき、おまえの仕事はもうないぜよ」
言うと、わめく電話の向こうの、卑弥呼の声だけではない賑やかな喧燥に目を細め、ピッ、と電源を切って助手席に放り出した。
「さぁて――いくか」









「ちょっと馬車さんどういうことよ! あたしにずっとここにいろっていうの? ねえ馬車さん……馬車さんってば!」
「なーにはしゃいでんだよ卑弥呼ー。ほらてめーの番だぞー」
「うるっさいわね蛮――ちょっと馬車さんなんで電源切ってるの?」
「気にすんなって。来ねーんなら一回飛ばしな、おまえ」
「待ちなさい! 勝負はまだついちゃいないのよ!」


「……おかしいですね……」
「移動中なんじゃない?」
「定期的に伝言は入れていますから、普段なら返事を寄越してくるはずなんですが……」
「んもうっ、嫁入り前の娘さんじゃないんだから、いちいち電話しなくたっていーじゃないですか。それより次! 次あれやってみましょう、あのゲーム今流行ってるんです」
「私は知りませんよ……君が教えてくれるんですか?」
「もちろん! 手取り足取り腰も取り!」
「……とらなくていいです」









とりあえず今年のクリスマスは、
予定外にしあわせな二組が増えたことに、乾杯。