末期にうつろう走馬燈




『俊樹、俊樹ったら! もう、置いていっちゃうよ!?』


黒曜石の瞳。
零れ落ちてしまうのではないかと思うほどに、ぱっちりと見開かれて、覗き込んでいるそれ。
彼の宝。
「彼ら」の宝。
絹糸の髪は肩にゆらゆらと揺れる禿姿(かむろすがた)、花車の振袖は翻ってふわりと視界を奪う。
『俊樹、何やってるんだよもう……十兵衛も僕もとっくに準備ができてるんだから!』
ほら起きなよ、と、まだ着替えもしていない俊樹の腕を掴む幼い手。
その手を掴み返し、笑って言い返す、
『掌握!』
その声も、声変わりせぬ子供の声で。
『わぁっ!』
倒れこむ小さな細い体。
『なんだよぅ、俊樹!』
口を尖らせて、彼の身体の上でもがく、いまだ悲しみを知らぬいとしい宝。
『もうちょっとこうしてようぜ、そうしたら今度は十兵衛が迎えに来るからさ!』
抱きしめてそう囁くと、ぱっちりと開かれた黒曜石が2・3度まばたきを繰り返し、折れそうな細い首がこくりとかしげられる。
『でも、お祭に間に合わないよ!』
『どうせ最初のうちは、オヤジたちの退屈な挨拶が延々と続くのさ』
『かあさまのご挨拶に間に合わなかったら、怒られちゃうよ』
『おまえなぁ。いつもそんなにイイコばっかりしてたら、肩凝るぞ?』
イイコじゃないもん、とふくれる頬をつついて笑う。怒る白皙の幼い美貌も、いつのまにか、根負けしたように笑い出し、ふたりは抱き合ったまま呵呵と声を放って笑い続けた。
『何をしているんだふたりとも!』
呆れたような声。走ってくる軽やかな足音。
『十兵衛!』
『十兵衛、大変だ、ちょっと来てくれよ!』
『なんだ、何があったっ!?』
生真面目な少年は一気にスピードを上げて走りこんでくる。
手を伸ばすと、ためらわずに、飛針扱いなれたその手は伸ばし返された。
『掌握!』
笑いながら再び、そう言って彼を引っ張り込む。
『ぐわっ!』
『重い、重いよ、十兵衛!』
『な、何をする俊樹!』
綺麗に結った髪も、しっかり着つけられた羽織袴も、何もかもくちゃくちゃになって三人、仲の良い子犬のようにひとつの塊になって転げる。
『あはははは!』
おかしくて声をあげて笑った時。
不意に、ふたりが顔を上げて、じっと顔を見つめてきた。


彼の最愛のご主君と。
その主君を共に護ると、誓い合った最大の友。


『……どうして泣いてるの、俊樹……?』


いつしか、膝の上に、幼いふたりを乗せて抱き、ひとり、大人の姿に戻った俊樹は黙ってふたりを見返す。
ぼやけないで。
どうか視界よぼやけないで。
もう一瞬、もう半瞬、刹那の時で構わぬから、このふたりを見ていたい。
最期の夢だとわかっていても。
幸福な妄想だと、わかっていても。


こうでありたかったのだ、
自分は本当は、こうでありたかったのだ、……運命に逆らっても、時間に耳をふさいでも、


最初の出会いが、こう在ったなら、
最初からこう、出会えていたら、
同じ時に出会い、同じ時を過ごした三人だったなら、
もしかしたら、何もかもを許せていたやもしれぬのに。


視界がぼやける。
恐怖と驚きに顔を歪ませた、彼のいとしい、いとしいふたり、
彼と同じく、大人になった、針の御家と絃の御家のふたりの顔を、
その延ばされたふたりの手を、見た、と思ったその瞬間、


背に咲いた痛みと熱の大輪が、俊樹の意識を灼き切り、涙にぼやけたままの彼の視界は闇に閉ざされた。