闇に降る雨




 それは、一つの爆発音が始まりだった。
 「無限城」の地下の研究室に、爆発音が轟いた。敵襲かと慌てて駆けつけた面々が見た者は…。
「…なんだ、これは…?」
 爆発の中心と思われる部分にいたのは、彼らの新リーダーであるマクベスと、その横に座っている、14・5歳ほどの少年だった。
「マクベス、どうしたんだ?」
「ああ、十兵衛たちか。別にたいしたことじゃないんだ。ちょっと処理を失敗しちゃって…」
「その子は…?」
「え…あ、これは、その…」
「ジャッカル、だよね」
 どこからか降ってわいたようにあらわれた鏡に、全員の視線があつまる。
「ジャッカルって…鏡はん、これはどう見たって…」
「この間、マクベスがジャッカルのクローンたちを作ってただろ。それだよ。クローンをそのままにしてはおけないから、何とかしようとしたところ、ちょっとした計算ミスでこうなったってとこかな?」
 何でもお見通しさ、という風に笑いかけてくる鏡に悔しそうな顔をするも、その通りなので素直に頷く。
「この子が最後の一体なんだけど…どうしようかな」
「オレが預かるよ」
 鏡はあっさりと言い切り、お子様なジャッカルを抱きかかえる。
「じゃあ、そういうことで」
 あまりの展開の速さに呆然としているメンバーを尻目に、あっさりと去っていく鏡。
 マクベスが貴重なお子様ジャッカルを取られたと気づいたのは、鏡が上に帰ってからのことだった。







「さて、と。今日から君はここでオレと暮らすんだよ」
 鏡は上の自分の住居にジャッカルを通しながら、もはや決定したこととして告げていた。
「…まだ、名前を伺ってませんが…?」
「鏡形而。それがオレの名前だよ」
「鏡君、なぜ、私が貴方と暮らさなければならないのです?」
「オレがそう決めたから」
「…私に決定権は…」
「ないよ」
 当然、と笑って断言する鏡に、ジャッカルは不機嫌になる。
 細い眉が吊り上げられ、抗議しようと口を開いた瞬間―――
「…っ!?」
 鏡がすばやく唇をふさいだ。
「…いきなり何するんですか」
「クス。それより、ここを出ても行く当てはないんだろ?だったら、オレとここで暮らしてた方がいいと思うけど?」
 鏡の言葉にかなり不満もあったが、当てがないのは確かなので、ジャッカルはしぶしぶ頷いた。
 束の間の、夢の始まり―――。







「ただいま。ハイこれ、お土産」
 「下」に遊びに行っていた鏡は、花束を差し出した。ちなみに、今回は薔薇である。
「…鏡君、貴方は花屋でも始める気ですか?」
 ジャッカルはそれを一応受け取りながら、呆れたように部屋を見渡す。
 部屋の中には、所狭しといろいろな種類の花が飾られていた。
「気に入らなかった?」
「そんなことはありませんけど…」
 ジャッカルは律儀に礼を言い、それを飾る場所を探す。その様子を眺めていた鏡は、ふとある事に気づき、彼の腕を取って、自分のほうに引き寄せた。
「…やっぱり、顔色が悪いね。どうしてかなぁ、ちゃんとバランスを考えて料理作ってるのに」
「別に、貴方のせいじゃありませんよ。ただ、『時が近い』んです」
「とき…?」
「そう、私が消えるときが」
 あっさりとそう言い切るジャッカルに、鏡のめったに変わることのない顔色が変わる。
 その様子を、どこかおかしそうに眺めながらジャッカルは淡々と言葉をつむぐ。
「所詮私はまがい物ですから、そう長く活動することは出来ません。ここ数日、もしかしたら明日にでも消えてなくなるかも…」
「そうなんだ…それじゃあ、今出来る事をしとこうかな」
 鏡はジャッカルに顔をあげさせ、柔らかく唇を落とす。
「…こういうことは、『本物』にしたらいかがです?」
「いずれするよ。でも、今は君」
 キッパリと断言する鏡にジャッカルはクスクスと笑いながら、その身を委ねた。







 数日の間に、ジャッカルはその身を変貌させていった。白かった肌はますます白くなり、今ではもう触ることすら出来なくなった。
 幽霊のように透けていって、今では触れもしない彼を、鏡はそれでも腕に抱いて静かに話し続けていた。
「そろそろ、限界だね」
「そうですねぇ」
「消えちゃうんだよね…」
「ええ。…目は、閉じていてくださいね。『お願い』です」
「…『お願い』なら、仕方ないね」
 最後まで見てるつもりだったが、ジャッカルの言葉に、鏡はゆっくりと目を閉じる。
 完全に閉じたことを確認して、ジャッカルは鏡に顔を近づける。
 もはや触れることはない、鏡の唇に、柔らかくくちづけて。風のように、その姿を消した。
 しばらくして、鏡が目を開ける。
 風が触れたような感触の残る唇を、笑みの形に歪めて、鏡は静かに笑った。







 数日後、「Honky Tonk」に意外な客が、異色な雰囲気を纏って訪れた。
「いらっしゃい」
「げ、ホストヤロ―!?」
「おや、鏡君ですか」
 目を剥く蛮には全くかまわず、銀次で遊んでいた赤屍に真っ直ぐに足を進めていく。
「ハイ、お土産」
 差し出されたものを反射的に受け取りつつ、赤屍は首をかしげる。
「…鏡君、なんなんです、これ?」
「薔薇の花束」
「見れば解ります。そうじゃなくて…」
「君に会いに来たんだ」
 鏡はそう告げながら、ややあっけに取られている赤屍をすばやく引き寄せ、唇を重ねた。
「ああああああーーー!!」
 わめく銀次を完全に無視し、鏡は「じゃあね」と手を振り、去っていった。
 後に残されたのは、薔薇の花束とわけがわからんといった感じの面々。
「…何しに来たんでしょうね、彼?」
 まるで分かっていない赤屍と、わめき続ける銀次を見比べながら、蛮はこのあとの騒ぎを予想し、ため息をつくのだった。