夢 or 現




 現実はすべて夢のようで、夢はすべて現実のようで、どちらも、すぐ傍にあるのに、手が届かない
ほど遠かった。


(これは、夢なのだろうか?)
 銀次は、毒のせいでまだぼんやりと霞んだ思考で、そんなことを考えていた。
 確か自分は、ILを奪還に来てすぐに現れた刺客の毒の霧を吸い込んで倒れていたはずだ。
 だが、目覚めてみるとそこには、ある意味刺客よりもたちの悪い人が傍にいたのだ。しかも、自分の全く知らない姿で。
「銀次クン?どうかしました?」
 いつまでもボーっとしている銀次に不思議そうに声をかけてくる少年――そう、少年だ。銀次よりもまだ幼い感じの見知らぬ少年。
 ――いや、見知った少年か。姿形は違えど、銀次は彼が誰だかわかっている。
「赤屍さん…」
「そうですよ。…もしかして、寝ぼけてます?」
「え?…そんなことないよ」
「まあ、どちらでもいいですけど。目が覚めたのなら、戻りますか」
「戻るって…どこに?」
 尋ねた銀次をおかしそうに眺めながら、赤屍は答えてやる。
「決まってるじゃないですか。貴方のいるべき場所。『上』の『玉座』にですよ」
 当たり前のようにそう答えた彼の言葉に、銀次の脳裏にここ数年の出来事が浮かび上がる。
 数年前、銀次たち『下の階』の者は反乱を起こし、『神』と呼ばれるものに刃を向けた。
 その結果、銀次たちは『神』を倒し、皆の意向で銀次が新たに『神』の座に着いたのである。

 ドコカデ チガウトコエガシタ―――

「黙って抜け出すものですから、貴方の側近の方々は大慌てですよ」
 その様子を思い出したのか、クスクスと面白そうに笑う少年。彼は、『神』の側近だった。
「赤屍さんも、探してくれたんですか」
 笑い続ける彼の髪に、指を絡めて見る。触れれば消えてしまうのではないかと思いながら、頬に手を滑らす。


 初めて見たときから、惹かれた。綺麗な、生きた人形のように感情と言うものをもたない彼に。
 そして、手に入れたいと思った。自分が、この人形のような彼を、「人間」として生まれ変わらせることが出来たら…と。
 自分より年下のくせに、何もかもを諦めてしまっている彼に、「人」を知ってもらいたかった。

 頬にあたる手の感触に心地良さそうに目を細めながら、赤屍はクスクス笑い続ける。
「クス。貴方なら、ここにいるだろうと思いまして」
 「ロウア―タウン」、少し前まで、銀次が生活していた場所。
「赤屍さんは、何でもお見通しなんだ」
「そうでもありませんよ。少なくとも、貴方のすることは予測がつきませんから」
 そうかなぁと思いつつ、銀次はとりあえず起こしてくれた礼として想い人の唇に掠めるようにキスを送る。
「…銀次クン…」
「はい」
 赤屍はやや憮然とした表情で銀次を見たが、銀次がにっこにこで返事をしてきたので何も言う気がしなくなり、銀次の腕を取るとそのまま引っ張って戻ろうとする。
 銀次も、それに素直に従おうとして、気がつく。

 足が全く動かないことに。

「銀次クン?」
 赤屍が、不思議そうに彼を見上げる。
 その仕草に、頭のどこかで「違う」という声が鐘のように鳴り響いていた。
「ほら、帰りましょう」
 そういって、銀次に笑いかける表情は、優しくて、柔らかくて。
 ―――銀次の、知らないものだった。
「…違う…違うんだ…」
「違いませんよ。これが、現実です。貴方が望めば、これが現実になる」
「違うんだ。これは、現実じゃない。オレは、蛮ちゃんとあって無限城を出て、奪還屋を始めて、それで、それで…」
 彼よりも背の高い、黒衣の死神に、コイヲシタ―――。
「…貴方も、去っていくんですね」
 凍てついた様な声に顔をあげると、声と同じように凍てついた瞳が銀次を貫いた。
「スキだの愛してるだの言いながら、人の心に土足で入り込むようなまねを平然としておきながら、最後には私に背を向ける。突き放すなら、最初から近づかなければいいものを…」
「赤屍さ…」
「貴方だって同じです。どうせ、離れていってしまうくせに…」
 凍りついた瞳で、どこか泣きそうに自分を見つめてくる彼を、銀次は無我夢中で抱き寄せた。
「そんなことない!オレは、絶対にはなれない!!」
「嘘です、そんなの…」
「嘘じゃないよ。オレは、絶対にはなれない」
「…でも、この「夢」からはでる気でしょう?」
「…そうだね…なんか、矛盾してるね…」
 銀次は苦笑しながら赤屍の顔を覗きこみ、視線を真っ直ぐに合わす。
「でも、現実では、オレは絶対にはなれない。ずっとずっと追いかけて、捕まえることが出来たら絶対に離さない」
 真摯な表情で語る銀次に、赤屍の視線が揺らぐ。
 不安そうに、でもどこか、期待するように。
「…信じて…いいですか…?」
「うん。信じてて」
 笑顔で断言すると、赤屍は少し嬉しそうに笑い、自分から銀次にキスをした―――。

「えええええ!?」
 自分の声で目が覚めて、あたりを見回すと傍にいたのはいつもどおりの、黒衣の死神。
「お目覚めですか、銀次クン?」
「赤屍さん…ですよね?」
「そうですよ」
 当たり前だろうと、返事を返してくるのは、確かに、銀次の知っている彼で。
 銀次は、夢の中の彼にしたように、現実の彼を抱き寄せた。
「…銀次クン?」
「オレは、ここにいますから。ずっと、傍にいますから」
 信じて欲しいと、必死にしがみついてくる彼が理解出来ずに、赤屍は眉を寄せる。
「銀次クン?何のことです?」
「傍に、いるから…」
 ただそれだけを延々と繰り返す銀次に、赤屍はため息を一つつき、銀次の耳元で何か囁いた。
「…え?赤屍さん、今、何て…?」
「早く行きましょうといったんですよv」
 いつもの笑顔ではぐらかす赤屍に、やや憮然とした思いを抱きながら、銀次は先ほど呟かれた言葉を胸のうちで思い出す。

 ―――信じて、差し上げます。 

「銀次クン」
「ハイ、今行きます!!」
 胸の内で、幸せを噛み締めながら、銀次は張り切って赤屍を案内する。


 その結果、道に迷った二人がどうなるかは―――また別のお話。