| 榎本軍朝鮮へ? |
| 榎本脱走軍は江戸を脱出するとき、蝦夷行き以外の道をどの位考えていたのだろうか。 「榎本武揚談話」には、このようなことが書かれている。「品川を脱走セシ後仙台ニ来テ見レバ、会津ハ破レ仙台ハ降伏シ、皆思イシコト齟齬セリ。議論紛々ト起コリ佐渡ヲ襲ワント云ウ者アリ、対馬ヲ取リ、朝鮮征伐ヲ為サント云ウ者アリ、ウエンリートト云ウ米人ハ、布哇ヘ来タレト勧ムルナド、様々ノ説アリシガ終ニ蝦夷開拓ト決セリ」この一文を見ると、初めから蝦夷行きは決まっていなかったようだし佐渡行きや、はたまた朝鮮行きなどという意見まで出ている。 さて、脱走軍の代表であった榎本はどの様に考えていたのか。幕臣出の三宅雪嶺の著書「同時代史」第二巻には、雪嶺と榎本の会話が載っている。「開陽丸が沈まなかったとすれば、一体どういうことになるだろうか」この雪嶺の問いに榎本は、「戦争はよほど長びくだろう」再び雪嶺「するとどんな結果になるか」「とばっちりは朝鮮に及び、事が大きくなるだろう」と榎本は答えたそうだ。また箱舘戦争終結後に、榎本脱走軍が朝鮮討伐の足がかりとして対馬を落とすつもりだった、と言う説がまことしやかに新政府側に流れたそうだ。この話は軍務官当局を浮き足立たせたという。榎本たちが本気で朝鮮行きを考えていたとは思えないが、少なくとも榎本には朝鮮という国は頭にあったのだろう。 |