今日の禁断 ズンダ


 きのうと今日は、恒例の「角田第9」でした。丸2日、車で約1時間半の行程で角田まで往復して、リハーサルと本番をこなしてきました。去年は高速を使ったのですが、一般道とそれほど時間は変わらないようだったので、今年は普通のバイパスを通って、角田までの一本道というコースです。このコースは、去年地図を作りに角田まで行ってきた時には、帰りには通りましたが行きは別の道を行った(というか、入り口を間違えた)ので、こちらから通るのは、昔角田の体育館でやっていた時代以来ですから、なんと15年ぶりのこととなります。自分で地図を作っておきながらなんですが、あの地図を作るためにストリートビューできちんと調べておいたので、迷うことはありませんでした。予想通り、バイパスを降りてからの一本道は信号もなく快適なドライブを楽しめました。
 今年のパートは、私は第9はピッコロ、その前プロの合唱では、出来合いの「ふるさと」という唱歌の組曲の伴奏ですが、1番を吹きました。その中に「村祭り」のイントロでピッコロが祭囃子のようなソロを吹くところがあるのですが、なぜかこれを1番が持ち替えで吹くように書かれているので、それも私が吹くことになっていました。
 これは、音域的にも技術的にもとても吹きやすいメロディなので、ピッコロが必ずしも得意とは言えない私でも簡単に吹けるソロでした。ただ、これが打楽器だけの伴奏の中でのどソロですから、目立つのなんのって。それも、結構本物の祭囃子を髣髴とさせる編曲でしたから、なんだか私のところに様々な感想が寄せられるようになっていました。オケをやっていて、なかなかこういうことは出会わないのですが、今回はちょっと異常、もう「盆踊りでは引っ張りだこになりますね」なんてのから、「実際に祭囃子を体験していないと、絶対に吹けないソロ」なんてのまで、たくさんの人からの言葉が私に伝えられました。いや、私はただ楽譜に忠実に吹いていただけなのですけどね。「以前、篠笛の修行などをなさっていたのですか?」なんて聞いてくるひともいますから、すごいものです。あ、もう一つ、「別のオケでこの曲を演奏するのですが、フルート奏者の参考のためにこの音源を送ってやります」なんてのもありましたね。
 まあ、何にしても、私の演奏が他の人の心に響いたのでしょうから、これはとても満足です。とても楽しい思いをさせていただきました。残念なことに、角田ではもう来年はこの曲は演奏しないのだそうなので、他の人で別の味わいを聴いてもらうことは出来なくなってしまいました。
 メインの第9でもピッコロというのは、本当に久しぶり、でも、これも前にやった時よりは楽に吹けるようになっていたので、確実に進歩はしているのでしょうね。ただ、マーチの部分は何ということはないのですが、最後のところはやはり途中でばててしまうことの方が多かったですね。でも、それが本番では本当に楽に吹けてしまったのですから、不思議です。これで、やっと私も一人前にピッコロが吹けるようになった、ということでしょうか。
 今年は、座席に限りがあるということで、全席指定になっていました。でも、ゲネプロが終わって控室のそばをブラブラしていたら、当日券を目当てに聴きに来た以前団員だったに出会ってしまいました。そこで、果たして当日券はあるのか確かめるために一緒に私も受付に行って座席表を見せてもらいました。そうしたら、ほとんどの席は埋まっているようですが、ところどころ、まだ売れていないところがありました。10ヵ所ぐらいはあったでしょうか。完売ではなかったのですね。ですから、その方はちゃんと聴くことが出来たようです。
 それでも、ステージに上がってみると、空席は全くないように見えました。前の方にパイプ椅子は並べてありますが、それは予備だったようですね。そこにも1列分ぐらいは座っていましたからね。そんな非常に客席が近いところで、満席ですから、気合も入ります。第9が終わった時には、スタンディング・オベーションが起こっていましたね。それはなんと市長さんたち、うれしくなりますね。
 仙台市市長さんにこのぐらいの熱心さがあれば、角田より前に音楽ホールが出来ていたかもしれませんね。
Aventure Number : 2715 date : 2016/12/4


今日の禁断 ラトル


 とうとう12月に入ってしまいましたね。あとはもう一気に年末に向けてまっしぐら、ほんとに嫌になります。今年は不順なお天気のせいなのでしょうか、いつも今頃になると届く「喪中」のハガキが、いつになく多いような気がします。やっぱり、サントリーホールで隣の隣に座っていた妙齢のご婦人も、今年はそんなハガキを出すのでしょうか(いや、本当に亡くなったかどうかは・・・)。
 そのサントリーホールのネタで、今月の「コラム」はまとめてみました。タイトルは「ジュラシック・クローク」です。「−ク」が元ネタと一緒ですから、かなり精度の高い作品なのではないでしょうか。もう300個近く作っているのに、まだこんなちゃんとしたのが残っているのがすごいですよね。
 最初は、あの巨大なクロークのことだけを書こうと思っていて、いったい幾つぐらいの棚が並んでいるのか調べてみました。私の記憶では10列ぐらいあったような感じでしたけどね。そこで、画像を検索してみたら、おあつらえのものが見つかりました。

 左の端が「A」であることは上の写真で分かりますから、右端のアルファベットが何かが分かれば、数は分かります。下の写真とあわせると、それは「H」のようですね。その先の斜めになっている部分は2階席への階段ですから、それ以上先にクロークがあるはずはありません。つまり、棚は8列あることになります。10列というわけにはいきませんでしたが、やはりかなりの数が用意されていたのですね。
 そこで上の写真のように、「A」から「H」まで8つの文字が並んでいるのを見ていると、なんだかそこに意味があるような気になってきました。そう、これはまさにドイツ語の音名そのものではありませんか。さすがサントリーホール。これは絶対に狙ってやったことに違いありません。ここでコートや荷物を預けると、番号札が渡されますが、そこには「A-21」みたいに、その棚のアルファベットが付いていますから、受け取るときにも迷わないのですね。
 ただ、そこのおねえさんたちは、例えば「E」の係りの人だと「『イー』の番号札をお持ちの方はこちらです」とか言って案内していますが、本当は「『エー』の番号札」と言わなければいけないんですよね。ただ、そうすると、「H」のおねえさんと「G」のおねえさんが案内するのがちょっとずれたりすると「『ハーゲー』の方」なんて聞こえるかもしれませんね。だから、今のところは英語で言っているのでしょう。
 そんなこだわりのあるホールですから、噂には聞いてはいたものの、実際に開場になった時に出てきたホールの係員が燕尾服を着ているのを見た時には、驚きましたね。まるで最高級のホテルにでも入るような気分になってしまいました。実は、4月にこのホールで歌った時にも、そんな格式の高さを思わせられるようなことがありました。我々合唱団員はちゃんとした楽屋なんかには入れずに、「リハーサル室」という名の大部屋に押し込められていました。男子も女子もおんなじ部屋で、真ん中を衝立で仕切ってその陰で着替えるようなところでした。そこは、2階のロビーの外側にあったので、そこからはいったんロビーに出れば客席に行けるようになっています。それで、みんなかわるがわるオルガンの前のP席あたりに行って写真を撮ったりしていたのですが、そこで声だしが始まる前に、事務局のGさんから、「絨毯の上は歩かないでください」と叱られてしまいました。というか、そういうクレームがホール側からあったそうで、お客さんが入る前に絨毯の毛並みが乱れているのは許されないことなのだそうですよ。そこまで気を使っているのですから、これはホテル以上の気の使い方なのではないでしょうか。
 そんなことを言われてしまえば、我々田舎者は黙って従うしかありません。なんせ、仙台のさるホールでは、かなり長い間絨毯に大きなシミが付いていたのを全く気にかけずに放置していたぐらいですからね。それと、サントリーホールでは楽屋のトイレにもちゃんとウォシュレットが付いていましたから、当然ロビーのトイレにもついているのでしょうが、仙台のホールで、例えばオーケストラが定期演奏会を開くようなところでも、いまだに付いていませんし、下手をすると和式トイレだったりしますからね。まあ、そもそもちゃんとした音楽ホールがないんですから、仕方がありません。「サントリーホールより立派なホールを作ってやる」ぐらいの意気込みのある人は、仙台にはいないのでしょうかねえ。川崎市にはミューザが出来たために、大物指揮者直々にコンサート会場として希望していたりするそうです。ヤンソンスもそうでした。仙台は、その点では川崎にさえ負けてます。情けない。
Aventure Number : 2714 date : 2016/12/2


禁断ばっくなんばあ

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