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音楽展望
吉田ヒレカツ

2003年1月17日  電力ホール(仙台市)

2003/1/18記)

 フルーティストの瀬尾和紀の演奏を初めて聴いたのは、かれこれ2年ちょっと前のことだったかしらん。超一流の技巧と音楽性を兼ね備えた逸材として、確かなものを感じたものだった。
 今回は、大萩康司という若手のギタリストとの共演ということで、若さあふれる火花の散るような対決を期待して、会場に臨んだ。この電力ホールというのは、以前やはりフルートのエマニュエル・パユを聴いたところだが、今回久しぶりに行ってみると、何やらビル全体が改装されて新しくなっているようだった。ホール内も真新しい絨毯や、座り心地の良い椅子に変わっていた。1000人以上を収容できるこのホールであるが、開演間際にはかなり客も集まって、前半分あたりはほぼ満席になっていただろうか。後ろの方はやや空席が目立っていたので、全体としては6〜7割というところだろう。この編成にしては良く集まったという気はする。何しろ、先ほどのパユ、あの、今をときめく大スターである彼の時でも、おそらくこの位しか入ってはいなかったはずだから。

 ステージに現れた瀬尾と大萩のいでたちは、いかにもセンスの良い若者という感じだった。黒のスーツに、黒っぽいシャツ。もちろん、ネクタイなどは締めてはいない。2人のシャツの色が微妙に異なっているというのが、なかなか心憎い演出である。見れば、ステージの上にはワイヤレスマイクのようなものが用意されている。ということは、演奏の合間に2人の肉声を聞くことができるいうことか。これはなかなか楽しみなことだ。それというのも、昨年、この2人が、なんと六本木のライブハウスでライブをやった時に、それを聴きに行った知人が「まるで掛け合い漫才のようだ」と話していたからである。大萩が「つっこみ」で瀬尾が「ぼけ」というか、ほとんど「うなづき」に徹していたというから、これは聞き逃せないではないか。

 最初の曲は、ジュリアーニの二重奏曲、瀬尾のフルートがホールいっぱいに響き渡った時、彼が2年前とは各段の進歩を遂げていることに気づかないわけにはいかなかった。確かなテクニック、スケールの大きな音楽はそのままに、音の輝きがさらに増していたのである。じつは、最初に瀬尾の演奏を聴いたときに、一つだけ不満な点があった。それは音程。瀬尾同様、外国の大きなコンクールで数多くの優勝経験を持ち、現在では日本を代表するフルーティストと言われている某氏も、やはりその音程の低さゆえに私としては評価が躊躇われるところなのだが、瀬尾にもその傾向を見て、若干不安になったことがあったのである。ところが、今回はそのような不安さは全く感じることは出来きなかった。ひたすら心地よい音程で奏でられた心に染みる歌を聴くことが出来たのは、今回、何にも勝る収穫であった。ただ、合方の大萩は、楽器自体の性能もあるのだろうがいささか音量としてのバランスが取れていなかったのは意外ではあった。おまけに、瀬尾がいとも軽やかに演奏しているのに比べて、大萩の、ほとんどたどたどしいとしか言い様のない冴えのなさは、一体どうしたことだろう。明らかにテクニック上の破綻が生じていたのは、残念だった。

 しかし、次の、お互いの楽器のソロを披露する段になって、その印象は払拭された。ギターのソロで演奏された「トッカータ・イン・ブルー」という、ジャズの雰囲気をふんだんに折りこんだ技巧的な曲では、大萩は持ち前のパッションと名人芸を、いかんなく発揮してくれたのである。
 瀬尾の番になって、彼は楽器を2本携えてステージに現れた。そこでは、彼自身の口から、バロック時代の楽器のことが話され、おまけに楽器の違いの実演までやってくれたのである。マレの「スペインのフォリア」を演奏するのに用いられたのは、特別に作らせたというバロック時代のピッチ、つまり、現在より半音ほど低い音の出る、木製の楽器だったのだ。最近では、この時代の曲を演奏する場合に、フルート奏者としては避けて通れない「オリジナル楽器」つまり、その当時に使われたものと同じ、キーの少ない、現在のモダン楽器とは全く異なる音の楽器をどう捉えるか、という問題が非常に重要になっている。瀬尾のように、モダン楽器ではあるが木製でしかも低いピッチの楽器を用いるというのも、一つの解法なのであろう。確かに、極力ビブラートを抑えて吹かれたこの変奏曲からは、明らかにモダン楽器とは異なるアプローチを感じることは出来た。しかし、そのような外面的なことだけではなく、瀬尾の演奏からは、もっと音楽的な挑戦の意図を汲み取るべきだろう。最後にテーマが再び演奏されるが、それがもう一度繰り返された時の恐るべきピアニッシモといったら。ほとんど聞こえないほどの小さな音なのに、そこには確かな生命力が宿っていた。かつて、パユがこの会場でモーツァルトを演奏した時にも、このようなことをやっていた。しかし、その時のパユの音は、完全に死んでいた。

 前半の最後は、カステルヌオーヴォ・テデスコの有名な「ソナチネ」。ここでも、もちろん瀬尾の卓越したテクニックには舌を巻いたものだが、それよりも真中のゆっくりした楽章の思い切ったテンポ設定、その極端に遅いテンポの中で歌い上げられていたスケールの大きな音楽には、心底感服させられた。

 後半の最初の曲は、シタール演奏家として高名なラヴィ・シャンカールの作品、「魅惑の夜明け」であった。これも、もはやこの編成では標準的なレパートリーとなっているもので、この2人のこなれた演奏は聴き応えがあった。ゆったりした部分での朗々としたフルートの響きは、前半には聴くことの出来なかったもの、瀬尾の音色に対する多彩な感覚には敬服するほかはない。グリッサンドや微分音といった特殊奏法も、決して奇異な感じを与えることはなく、見事に作品の中の必然として存在していた。後半の、演奏するにはとてつもなく困難であろうはずの不可解な音列も、瀬尾の手にかかればいとも自然なものに聞こえてくるから、不思議なものである。この頃になってくると、1曲目での失態など嘘のように、大萩のギターにも冴えが出てきて、瀬尾との間に確かに火花のようなものが感じられるようになってきた。おそらく、このギタリストはあのようなロマンティックなものよりは、このような曲のほうが性にあっているのではないだろうか。

 瀬尾のソロの曲、ドビュッシーの「シランクス」が始まる前には、場内の灯りが全て消されて、真っ暗になってしまった。これは、東京で行われたリサイタルでも使った手なので、私などは開演前から予測していたことだが、他のお客さんはびっくりしたことだろう。確かに、何も見えない暗闇から聞こえてきた「シランクス」は、なんと神秘的だったことだろう。おまけに、その演奏の密度の高いことといったら。最初のフレーズの最後のBbの音がとてつもなく長く伸ばされたので、私にはある種の予感があった。果たせるかな、曲の最後、Bの音から始まった下降の全音階がたどり着いたDbの音は、消え入るように始まったものがそのまま更に、更に小さくなって、まるで永遠に消えることがないと思われるほど、長く、長く伸ばし続けられたのであった。その音も闇の中に消えてなくなってしまった。その、まるで奇跡のような演奏を称えようにも、場内は相変わらず真っ暗、誰かがたまり切れず拍手をしても、それは受け入れられないまま、やや中途半端な状態で時間だけが経過していった。ここまで奇抜なことをやったのだから、ここはぜひ、演奏が終わった瞬間にステージにピンスポットが当たったら、そこにいたのはかわいい少女だった、というような演出で、もう一押しやってもらって欲しかった。次の瞬間、瀬尾は客席でスポットを浴びている、とか。
 だから、次の大萩のソロは、インパクトという点では、いささか物足りないものがあった感は否めない。しかし、プーランクの「サラバンド」という作品を、いかにも瀟洒に聴かせてくれたのは嬉しい。

 プログラム最後の曲は、これもこの編成ではやはり「定番」ともいえる、アストル・ピアソラの「タンゴの歴史」。この曲については、数多くの演奏を聴いてきたが、瀬尾たちのものには、そのようなものから更に作品の本質に迫ったものを聴き取ることができた。それは、この曲の持つ「楽しさ」が、前面に押し出されたものだった。1曲目の「酒場1900」がこんなに楽しい曲だと感じさせてくれる演奏は、この若い二人のほかには聴いたことがない。最後の「現代のコンサート」のような、ともすれば技巧のひけらかしで終わってしまう恐れのある曲からも、余裕を持った楽しさを導き出すことが出来るのだから、やはりこの二人の力量といったら、計り知れないものがあるのだろう。

 アンコールは、ソロでそれぞれ1曲と、デュエットで1曲の計3曲。フルートのソロは、なんと、アンデルセンのエチュードではないか。フルートを学ぶものがさんざん苦労して吹かされた挙句、あるいは挫折し、あるいは嫌悪の対象となってしまうこの曲を、瀬尾はなんと軽々と吹いたことか。それは決して「模範演奏」などという次元のものではなく、そこで彼自身が語っていた「19世紀のサロン音楽」として、見事な光を放っていたのである。そして、ついにアンコールも最後になった。フルートのなにやらカデンツ風のソロで始まる曲だが、これは今まで聴いたことはない。なにか、珍しい曲を探し出してきてくれたかと思っていると、フレーズの端々に聞き覚えのあるメロディーの断片が現れるのに気がついた。そこで思い当たったのが、先ほどの六本木でのライブでのアンコールである。そう、これは、まさにその時の曲に違いないという確信が生まれた。果たせるかな、ギターのソロになると、明らかにその曲だと分かるほどの外見が見えてきた。しかし、完全な形でフルートにメロディーが現れるのは、それからしばらくして。そんな凝りに凝ったアレンジを、この二人はあのボサノバの名曲、アントニオ・カルロス・ジョビンの「イパネマの娘」に仕掛けていたのだ。
 終わって時計を見たら、すでに開演から2時間半を経過していた。そんな長さなど全く感じることが出来ないほど、密度の濃い演奏と、魅力的なおしゃべりを精一杯楽しむことの出来た、素晴らしいコンサートだった。


当コラムの執筆者のペンネーム「吉田ヒレカツ」は、高名な音楽評論家吉田秀和氏からインスパイアされたものですが、コラムの内容も含めて、吉田氏ご本人とは何の関係もありません。

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