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音楽展望
吉田ヒレカツ

2000/12/14


 私が仙台に頻繁にお邪魔するようになって、初めての年末を迎えることになった。今回「ザ・シックスティーン」を聴くのは宮城県民会館。毎年この時期になると、この会館の前の道路の街路樹に無数の電球が飾られる「光のページェント」という催しが行われるのだそうである。今では全国各地で同じような事が行われているようだが、そもそもの発祥の地は、この仙台なのだそうだ。なにしろ、会場に向かうためにはここを通らなければならないから、いやでも目に入ることになる。確かに、言われるだけあってなかなかのものであると感じ入ってしまった。これからクリスマスに向かう頃には、この通りは多くのアベックたちが、ランデブーの場所として利用することであろう。石でも投げつけてやりたいものである。

 クリスマスにちなんだものなのであろうが、「ザ・シックスティーン」の演目はヘンデルの「メサイア」。実は、この曲については、私は必ずしも良い印象を持っていない。題材として、キリストの誕生を扱っているのだから、この時期に演奏すること自体は悪くはないのだが、私が今まで聴いてきたものは、いたずらに祝祭性を強調した、お祭騒ぎのような演奏が殆どなのである。例のベートーヴェンの「第9」も同じことであろうが、演奏すること自体にしか意味を見出せない、内容の希薄なものがなんと多く氾濫していることか。人数が多ければ多いほど、その祝祭性が高まるとでも思っているのであろうか、合唱もオーケストラも、大人数でやることが半ば一般化しているのも、納得のいかないものであった。

 今回彼らがとった編成というのは、合唱が18人(そもそも16人で結成されたから、このような名前になっているのだそうだ。)、オーケストラも20人足らずという、極めて小さなもの。これならば、ヘンデルの音楽が歪められることなく伝えられよう。
 開始のシンフォニアが、オリジナル楽器の柔らかな響きで聞こえてきた瞬間、この予感は現実のものとなった。なんという暖かい音色なのであろう。チェンバロのプレクトラムが弦をはじく音と、弦楽器の音が、見事に溶け合って、この上なく上品な雰囲気をかもし出している。

 しかし、合唱については、最初はやや不満があったことは、正直に告白しなければならないだろう。。男声パートのメリスマの切れが著しく悪いのである。なんといっても、今回はこの合唱を聴きに来たのに、これはいったいどうしたことと、暗澹とした気持ちになったが、曲が進むにつれて、段々持ち直してくれたのには、安心したものである。それどころか、歌い進んで「For unto us a child is born」での「Wonderful」というフレーズを聴いたときには、まさに度肝を抜かれてしまったのである。今まで、ここは力強く、どちらかというとデタッシェ気味に歌うのが普通だと思い込んでいたのだが、彼らはレガートで、いとも軽やかに演奏したのである。まさに、目から鱗が落ちる思い、こうなっては、先ほどの不満などどこ吹く風、彼らの演奏に集中せざるを得なくなってくるのである。至るところで、そのような、今まで体験したことのないような表現に出会える喜び。なかでも、ハーモニーが主体になる部分などは、まさに彼らの独壇場、特に、第3部のはじめに聴かれたア・カペラなどは、まさに絶品であった。

 独唱者では、カウンター・テナーのロビン・ブレイズが印象深かった。安定した歌唱と豊かな表現で、他の歌手より一歩抜きん出ていた。それに対して、テノール(ジェイムズ・ギルクライスト)にはいささか違和感を感じざるを得なかった。音程は不安定だし、音色も暗め。このパートには、もっと輝かしいものが欲しいのだが。バスのマイケル・ジョージも、失笑を禁じえないほどの音程の悪さ、早いメリスマなどは、合唱団員からも笑いをかっていた程だ。ソプラノのリンダ・ラッセルは、私としては様式的に不満が残る。コロラトゥーラは完璧なのだが。
 指揮者のハリー・クリストファーズは、オーケストラに対しても、合唱と同じように卓越した手腕を見せていたが、オーケストラもそれに応えて、いたるところ細やかな表情で音楽に深みを与えていた。それにしても、このオケの上手なことといったら。

 結局のところ、この演奏は、私にとって殆どはじめての「メサイア」体験であったと言っても過言ではないほど、作品の真の姿を知らしめてくれたものであった。正味2時間半の長丁場であったが、終わってみれば極めて凝縮された体験であったと感じるほどである。
 演奏会が終わって外に出てみれば、相変わらずのおびただしい電飾。出来ることならば、このようなお祭騒ぎには毒されていない環境で、今宵の演奏を楽しみたかったものだと、いささか身勝手な感想を抱いてしまったものである。


当コラムの執筆者のペンネーム「吉田ヒレカツ」は、高名な音楽評論家吉田秀和氏からインスパイアされたものですが、コラムの内容も含めて、吉田氏ご本人とは何の関係もありません。

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