今日の禁断 スコットランド

 メンデルスゾーンと言えば、あのモーツァルトのように幼い頃からその天才ぶりを発揮していた音楽家として知られています。交響曲デビューこそ12才の時と、モーツァルトの「8才」には負けていますが、モーツァルトと同じ11才で最初のオペラを作曲してしまっているのですからね。これらの曲は、毎週日曜日に行われるメンデルスゾーン家のホーム・コンサートで披露されました。ベルリンの自宅で行われたこのコンサートには、身内だけではなくそうそうたる作曲家なども訪れていたと言われています。その頃に作られた作品番号の付けられていない交響曲(とは言っても弦楽器だけの編成ですが)は全部で13曲ありますが、普通にメンデルスゾーンの交響曲といった場合には、これらのものは数に入れられることはありません。最初に出版されたハ短調の曲(作品11)が「第1番」と呼ばれ、それに続いて出版された全部で「5曲」のものが、コンサートやCDでは「交響曲」というタイトルで表記されているのです。
 そのような普通の数え方では、本日私たちが演奏する交響曲「スコットランド」は、「第3番」と呼ばれています。しかし、実はこれは単に出版された順序が3番目だったというだけのことで、正確にはこの曲は彼が最後に完成させた交響曲なのです。「4番」も「5番」も、出版されたのは作曲家の死後だったため、先に作られていたにもかかわらず、あとの番号になってしまいました。このような実態にそぐわない番号であっても、これだけ馴染んでしまっていては、もはやそう簡単に変更することは出来ないのかもしれません。最新の研究では50曲以上の交響曲を作ったのだと分かっていても、やはりモーツァルトの最後の交響曲は「41番」であって欲しいと願うのは、すべてのクラシック・ファンの心情に違いありません。しかし、ドヴォルジャークの「新世界」交響曲を「5番」と呼ぶ人は今では誰もいませんし、シューベルトの「未完成」交響曲でさえ、もはや「8番」と呼ばれることはかなり希になってきています。ですから、メンデルスゾーンの場合でも、この「スコットランド」が「5番」、あるいは、その前に作られたものまでを含めて「18番」と呼ばれるようになる日も、いずれは来ることになるのかもしれませんね。
 この曲が完成したのは1842年、メンデルスゾーンが33才の時ですが、実際に作曲に着手したのはもっと以前、1829年までにさかのぼります。この年は、彼にとっては非常に重要な年でした。3月には、彼の業績の中で音楽史的にも高く評価されている、バッハの「マタイ受難曲」の蘇演が行われています。それは、現代の視点からすればオリジナルの形からはほど遠いロマンティックな改竄が施されたものではありましたが、それまで一般の聴衆からは完全に忘れ去られていたバッハの音楽に光を当てた功績は特筆すべきものです。そして、その年の5月には初めての地であるイギリスへと旅立ちます。そこで彼は、指揮者として自作の交響曲第1番(もちろん、先ほどの作品11)を指揮するなどして、絶賛をもって受け入れられます。そんな演奏旅行の合間に彼はスコットランドを訪れます。エディンバラにある、44才の若さで断頭台の露と消えた悲劇の女王メアリー・スチュアートゆかりのホーリールード宮殿の朽ち果てた修道院跡地に立ったとき、この曲の冒頭の陰鬱なテーマが彼の脳裏をよぎったといいます。
 そんな、いかにも暗いおもむきをたたえたテーマで、第1楽章の序奏が始まります。「ミーラーシドーシ」という、例えば「荒城の月」にも酷似した(いえ、メンデルスゾーンが滝廉太郎をパクることなど、ありえませんが)いかにも短調然としたメロディは、妙にわれわれ日本人の心を打つものです。第2楽章は対照的に明るいヘ長調となって、浮き立つようなスコットランド民謡っぽいテーマが聞こえてきます。ただ、そのテーマが、民謡にありがちな「タターン」という跳ねたリズムではなく「タンタン」というベタなかたちで終わっているあたりが、ドイツロマン派たる所以でしょうか。メンデルスゾーンには、そこまで「国民楽派」になりきる勇気はありません。第3楽章は、流れるように美しい弦楽器のメロディラインを、木管楽器の対旋律がしっとりと彩ります。時折聞こえる短調の行進曲風のテーマは、それとは別の肌合いの哀愁を帯びたものです。第4楽章は、せき立てられるようなパルスに乗って、付点音符のパッセージが飛び交います。と、しばらくしてオーボエに現れるすすり泣くようなテーマ。この曲はどこまで行っても救いようのない哀しみに支配されているのでしょうか。ところが、コーダ(この部分は、最新のクリティカル・エディションでは「第5楽章」と見なされているようです)に入った途端、音楽は長調に変わり、まるでバグパイプで奏でられるダンスのような明るいものとなります。ちょっと恥ずかしくなるようなこの変わり身の早さには、実際に違和感を覚える指揮者もいたようです。オットー・クレンペラーという往年のマエストロなどは、ここで長調にならない短調のままの別の終わり方を自分で作って、それを差し替えて演奏しており、そのライブ録音は正規CDとしてリリースもされています。もちろん、私たちは楽譜通りに大いに盛り上がって終わることになっていますので、どうかご安心下さい。もう一つ、お聴きになるときに留意していただきたいのは、この曲は楽章の間を休まずに、そのまま続けて演奏するようにメンデルスゾーン自身が指示をしているということです。おそらく本日も、四十数分間一気に演奏するはずですので、前もって心の準備をお願いします。
 今回指揮をなさって下さる茂木先生は、緻密な分析とあふれるばかりのパッションで、この曲から新鮮な魅力を引き出してくれることでしょう。ところで、その茂木先生が制作にも協力なさっている人気マンガ「のだめカンタービレ」で、この曲が登場するシーンがあるのはご存じでしょうか。実際に演奏されているわけではありませんが、第1巻の最初の部分で千秋真一がピアノのレッスンを受けている場面には、この曲のスコアが登場していますので、探されてみてはいかがでしょうか。ただし、2003年以前に発行されたものや英語版では別の曲のスコアになっていますので、ご注意下さい。
aventure number : date : 2007/10/29