「その、長椅子か何か・・・ないのか?」
案内された部屋を見回すと開口一番、若い男は言った。
 「ベッドがあります。」
部屋を案内した主は答えた。
 「いや、それは分かっている。だから、そうではなくて、もう一つ何か・・・」
 「使えるものはもう全部!出払っております。一つもありません。1人掛けの椅子すらです。」

それを聞いて若い男はまじまじと宿の主を見つめた。
宿の主もその男を見ると 「この町ではカーニバルの、祭りの時期はこんなものです。」 と平然と答えた。
 「それでもなにかこう・・・・一つくらいあるだろう?いいや!何かある筈だ。どんなものでもいいんだ。何かこう・・・あるだろう?否!絶対あるはずだ!」

若い男はそれでも諦めきれないらしく、宿の主にしつこく食い下がった。
主は若い男のどこか切羽詰った様子に少々呆れた様子を見せた。
 「お客様、あなた様のように背の高いお方には少しきついかも知れませんが、ベッドはその分幅があります。狭くて眠り辛いとかそういう心配はございません。大丈夫でございますよ。」
 「だから!そういう問題ではないのだ。」
 「ではどういう問題で?」
 「それはつまりだな!つまりその・・・これには色々な問題があってだな・・・」
男は口篭り、宿の主は胡散臭げに彼を見つめた。

 「気に入った。ここでいい。」

その時、部屋を物色していたもう1人の人物が宿の主に言った。
主はその言葉にほっとしたような表情をすると “ほら御覧なさい” という様子で自分の隣にいる若い男を見た。
しかしその若い男は彼を睨みつけるともう1人の人物に言った。

 「おれは反対だ。」
 「わたしがいいと言っているのだ。文句はなかろう?」
 「おまえがなくても!おれがある!」
男はそう言ってその人物を睨みつけた。

 「如何いたしましょう?もしお気に召さなければ相部屋でもいいという他のお客様に・・・・」
 「ああ、すまなかった。この部屋でいい。」
 「ちょっと待てオスカル!」
 「カーニバルの所為でどこも満室だ。ここが町にある最後の宿だぞ。」
 「それはそうだが・・・」
 「では!決定だ。」

その人物は宿の主を見た。
 「待たせたな、この部屋にする。」
 「ありがとうございます。それでは後で宿帳をお持ちいたしますので、お待ちくださいませ。」
そういうと主は頭を下げて部屋を出て行った。

それを見届けると、その人物はベッドに腰掛けて、ドアの前で呆然と立ちつくす男に声を掛けた。
 「アンドレ、いつまでも呆けた顔して突っ立っているな。部屋は狭いがこざっぱりとしてきれいだし、来て見ろ!窓からの眺めは最高だぞ。」
 「だからオスカル!そういう問題じゃない。分かってるのか?おまえは」
それに対しオスカルは、窓から外を眺めながら楽しそうに答えた。
 「一緒に寝るなんて何年ぶりだ?アンドレ。」

 「オスカル〜!!!」

 「なんだ、情けない声をだして。」
 「だから問題はそれで!おれとおまえが・・・つまりその・・・」
アンドレは口篭った。
 「いいたいことは分かっている。これは長さは短いが、幅はおまえの寝台の倍近くある。昔のように転がっておまえを寝台から落としたりはしないから心配するな。」
 「オスカル!おれはなあ、そんなことは心配してない!そうではなくて!」

心配なのはおれ自身なんだよ!というか・・・まずい。絶対にまずい。おれは床だ!床しかない。できるだけ離れた所で・・・・ってベッドと壁の30センチ程の隙間で?いや!扉の前だ、こちらの方が空いている。とにかく!!隣で寝るなんて・・・そんなことは、そんなことは絶対に・・・

 「なんだ?他に何か問題でもあるのか?」
オスカルは怪訝そうにアンドレの顔を見つめた。
彼は視線を逸らせると 「いや、別に。」 とだけ答えた。
それを聞いて、オスカルは満足げに頷いた。

 「謹慎処分中だがアラス行きを決めて正解だったな。いつもの旅行だと家から馬車で皆引き連れてだから・・・こうはいかない。二人きりの旅行も悪くないな。」
オスカルは楽しそうにアンドレを見て 「今日は眠れそうにない気がするぞ。」 と言った。
 「ああ、おれも眠れそうにないよ。オスカル。」
アンドレも答えた。
それを聞いてオスカルは嬉しそうに笑った。

家を出て一日目。アラスまで先は長い。
そしてアンドレはまだ知らない。これがこれから訪れる試練の序の口だという事に。

・・・続かない <(_ _)>

10万Hitありがとうございます。これからもこんな話ばかりですが、よろしくお願いいたします。<(_ _)>
それにしてもアラスへ視察旅行ですが、二人だけの旅行です。
婚前旅行ですね!漢字には誤り無しですね!旅行の感じはそれには程遠いですが・・・
(続きは絶対に書きませんからご安心を)