―18世紀から19世紀への掛け橋となった画家達10―
5月26日 マタン紙14面より抜粋

ベルナール・デュラン(1739-1809)

彼の作品の特徴は、人物画において顕著に現れた。その表情の一瞬を写しとるような独特な作風は(これは今でも評価の分かれるところであるが)当時はまったく理解が得られなかった。その為彼の絵は・・・

・・・・(中略)・・・・

 デュランは、彼の数少ない支援者であったレニエ・フランソワ・ドゥ・ジャルジェ将軍の家族を題材にして多くの絵を描いている。代表作である
「末娘の肖像画 」(Youngest daughter 1787 油彩 130×190cm. ジャルジェ・コレクション
「話を聞く女」(Listen to heir 1776 パステル 58×42cm.ナショナルギャラリー )、
「黒い髪の男」(Dark brown haired man 1789 油彩 15×10cm.ジャルジェ・コレクション )
などもそれらの1つであり、特に「黒い髪の男」には不思議な逸話があることで、好事家の間では有名な作品である。 この逸話について少し触れよう。

デュランの日記*注1によると、この絵はジャルジェ将軍の6番目の娘“オスカル”(フランス衛兵隊ベルサイユ常駐部隊長)からの依頼で描かれたものであり、絵のモデルは彼女の従者*注2であった。

しかし、記録によるとジャルジェ将軍には娘が5人いるだけで6番目の娘の記載は一切無い。 そして、何故女性が軍人なのか?である。

フランス衛兵隊の記録にはオスカル・フランソワという下級士官の名が残されているが(1789年7月14日死亡)、それが日記に登場する女性と同一人物かどうかは不明である。

また、ジャルジェ家は王家の信頼の厚い軍閥であり、フランス衛兵隊に配属される理由が無い。*注3

では、すべてデュランの作り話なのであろうか?作り話だとすれば何故そのような手の込んだ事をしなければならなかったのか?それは今も謎のままである。

 さて、明日からジャックマール・アンドレ美術館で特別展が開催されるが、今回は門外不出とされていた「黒い髪の男」が初めて一般公開される。興味のある方はぜひご覧頂きたい。

特別展は8月31日まで。

[文芸担当 ロザリー・シャトレ]

*注1 彼は非常に几帳面な性格で、その日に買った物の値段まで日記に書いている。
*注2 従者は暴徒からオスカルを守り死亡、その死後「黒い髪の男」は描かれた。
*注3 フランス衛兵隊に配属される士官は下級貴族であり、ジャルジェ家のような大貴族が配属されることはない。
(余談ではあるが、ジャルジェ家の嫡子は皆”フランソワ”の名を持つ)