マロングラッセは、いつもより遅い時間に目を覚ました。
しかし何の問題もない。何故なら彼女は昨日から休みを頂いていたから。
「よく寝たねえ・・・・たまには、こういうのもいいねえ・・・」
そう言ってから彼女は・・・・様子が、いつもと違う事に気づいた。
「一体ここは?」
彼女は部屋を見回した。
そして、机に伏して眠っている孫を見つけた。
それから、その机の上に空の酒壜が置いてあるのも・・・・
マロングラッセは布団を勢いよくめくると、ベッドの上からジャンプして・・・・孫の背中に蹴りを入れた。
「ぐぅえ!」
潰れた蛙のような声・・・・
「目が覚めたかい?アンドレ!」
「げほげほっ・・・おばあちゃん?なにするんだ!一体・・・」
「おだまり!飲んだくれて机につっ伏して寝るなんて!いい年した人間のすることかい!」
それを聞いて彼女の孫は思った。
毎度の事だが、自分のした事は棚に上げてよくここまでおれを理不尽に扱えるものだ!
「おれがこんなところで寝なきゃならないのは、おばあちゃんがおれのベットで寝たからであって!それにこの酒は、オスカルが・・・」
彼女は自分の孫より数十倍、否!数百倍大切な人の名前を聞いてすぐに反応した。
「オスカル様が何だって?」
「あっ・・・いや・・つまり・・・持ってきて・・・・」
「持ってきて?何を?」
「その・・・・」
「はっきりおし!!」
アンドレは祖母の怒りのボルテージが急上昇したのをしっかり感じとった。
「さ、酒をおばあちゃんにって!そ、それで・・・おれと二人で飲んだじゃないか!おばあちゃん!」
確かに机の上にはグラスが2つ置いてあった。
マロングラッセは昨夜の事を思い出そうとした。
そういえばロザリー達とノエルのお祝いをして・・・・それからこの子と一緒に飲んだような?はて?
「たしか・・・ワインだったような気がするんだけど・・・・」
「も、もちろん!ワインも飲んだ!それから・・・これをオスカルが・・・おれはまた今度にしたらって、いったんだぞ。でも・・・・」
彼女はワインを飲んでからのことを思い出そうとしたが、思い出せなかった。
「・・・あたしゃ、その辺のことは覚えてないんだよ・・・・本当にオスカル様がここへ?でもあたしの部屋じゃなくてどうしてここへ?」
「そ、それは・・・おばあちゃんのところへ行ったらいなくって、おれの所へ来たって・・・・オスカルが・・・・」
「・・・そうかい・・・・」
彼女は涙ぐんだ。
「わざわざ、あたしの部屋までおいでになるなんて・・・・なんておやさしいんだろう。ぐす・・・
あたしゃ幸せ者だね・・・・孫はろくでなしだけど。ご主人様には本当に!恵まれて・・ぐすんぐすん・・・・アンドレ!」
孫は急いで引出しからハンカチを取り出して祖母に渡した。
彼女はそれで涙をふいて、鼻をかんだ。
「ああそうだ!急がないと!」
「どうかしたのかい?おばあちゃん。」
「オスカル様にお礼を申し上げないと!」
「そりゃ・・・そうだな・・・・でも、その前に・・・着替えをした方が・・・・・」
「わかってるよ!」
そういうと、マロングラッセは急いで部屋を出て行った。

アンドレは、大きく溜息をついた。
ああ、危なかった。何とかごまかした。
しかし・・・・・オスカル、うまく話を合わせてくれるだろうか?
アンドレは考え込んだ。
そして、自分の方こそ先にオスカルに会いに行かないと・・・・とんでもない事になる可能性が高い事に気づいた。
去年、酒場にオスカルを連れていった時は・・・・
彼はぶるっと身震いした。こうしちゃいられない!
彼は引き出しから着替えを取り出し、慌てて着替え始めた。
そういえば、今日はオスカルが休みだから、おれも休みを貰ったんだった・・・・
それなのに!これじゃいつもと変わらないじゃないか・・・・
アンドレは溜息をついた。
おばあちゃんが絡むと、いい事無しだ・・・・
最後に髪をリボンで縛ると、彼は部屋を飛び出した。

さて、使用人達の部屋のある場所から、主人達の部屋まではかなりの距離がある。
ジャルジェ家はとてつもなく大きな屋敷なのだ。
全力疾走する。長い廊下を抜けて階段を駆け上がる。
そしてオスカルの部屋の扉の前へ・・・
扉をノックする。
早く出てくれ!
少しして、今朝の当番のナタリーが顔を出した。
「あら?どうしたのアンドレ、息切らして。今日は確か休みじゃ・・・・」
「ちょっと急用。オスカルは?」
「今、ばあやさんと・・・・」
「来てるのか!」
「ええ、ちょっと前に・・・・何かあったの?」
額を手で押さえ込んだ彼を見てナタリーは聞いた。
「これから何かあるんだよ〜〜〜」
「アンドレ?」
「とにかく、中へ入れる?」
「ええ、着替えは終わったから。」
ああ!もう神に祈るしかないのか?オスカル!気づいて・・・うまく話しを合わせてくれ!
アンドレは部屋に入った。

「千客万来か?」
オスカルはアンドレを見て笑いながら言った。
その横で、祖母がすごい形相でこちらを睨みつけている。
結局いつものパターンか・・・・
アンドレはがっくりと項垂れた。
「どうした?今日は休みだぞ。アンドレ。」
「それは?!!!!!」
彼はそれ以上言葉を続ける事が出来ず、あまりの痛みに両手で頭を押さえこんだ。
マロングラッセは年寄りとは思えないジャンプをして、孫の頭を思い切り張り倒したのだ。
「本当に!おいしゅうございました。ええ、アンドレにもほんの少し!だけ飲ませてやりましたが、後は全部!ばあやがありがたく頂きましたとも!オスカル様。」
そういうと、アンドレをチラッと見て“これ以上何も言うんじゃないよ!”というように睨みつけた。
オスカルは、面白そうにそれを見ていた。
「そうか・・・そんなに気に入ってくれたのならわたしも嬉しいよ、ばあや。わざわざ持っていった甲斐があるというものだ。」
オスカルは涼しげな顔で言った。
「で?アンドレはほんの少し!しか飲めなかったのだな?」
「はい!当然でごさいます。オスカル様」
マロングラッセは済ましていった。
「あんな美味しいお酒は、アンドレには勿体無くて!」
オスカルは一瞬表情を崩しそうになったが、何とか耐えて・・・そのままの様子で言った。
「・・・そうか・・・ところで、今からカクテルのレシピを作りたいのだよ。で、休みの所を悪いのだが味見役をアンドレに頼みたいのだが・・・・・」
アンドレは口を開こうとしたが、それを押しとどめてマロングラッセは言った。
「ええ、どうぞ使ってくださいませ!味見でも毒見でも!休み?そんなのもは一考に構いませんとも!」
今度は孫の方を横目で睨んで
「アンドレ!解ったね。ちゃんと!オスカル様の仰せに従うんだよ。」
そう言って念押しするように、まだ頭を押さえている孫を肘で小突いた。
それからオスカルの方を見て、彼女はもう一度礼を言った。
「オスカル様、本当にありがとうございました。ばあやは本当にうれしゅうございますよ。」
「ああもういいよ。ばあやが喜んでくれるだけで・・・」
オスカルは言った。
「それでは、失礼します、オスカル様ありがとうございました。アンドレ!いいね!」
彼は黙って頷いた。
そして、マロングラッセは扉を開けて部屋を出て行った。
扉が閉まる。
暫しの沈黙。
それから・・・・・・
「あっははは!!あーはははは!!!」オスカルは爆笑し、
「・・・・死ぬかと思った・・・・」アンドレは床にへたり込んだ・・・・

「一体どうしてこんなことになったのだ?アンドレ。」
まだくすくす笑いながらオスカルは聞いた。
「・・・・・片付けずに寝て・・・・仕方なく、おばあちゃんと飲んだ事に。」
「なるほど!それは失敗だったな。」
「ああ。でも、よかった!・・・本当に、一時はどうなる事かと思った・・・・」
心底、ほっとした様子でアンドレは言った。
「しかし、これで“災い転じて福となす”だな。」
オスカルは言った。
アンドレは怪訝そうに彼女を見た。
「これでベルモットが来たら、大手を振って飲めるではないか!」
オスカルは答えた。
それを聞いて、アンドレは心の中で溜息をついた。
本当に・・・どうしてこう強い酒ばかり好きなのだろう?
「・・・・確かにおばちゃんに怒られる事はなくなったな。」
彼の考えている事など知る由も無く、オスカルは続けた。
「そうだ。そして、マティーニのジンとベルモットの最高の割合を見つけるぞ、アンドレ!」
「見つけるぞって、それは・・・・・おれが作って・・・・おまえが飲むんだよな?」
「一緒に作って一緒に飲む!だ。約束したろう?ちゃんと飲ませてやるって。それにジンはあと11本あるから。いつもみたいに遠慮しないでしっかり飲んでいいからな!アンドレ。」
オスカルは答えた。
アンドレは心の中で頭を抱えた。
おれはゆっくり飲むのが好きなのであって、おまえと一緒のピッチで飲むなんて・・・・・
おまえは大丈夫でも、おれの方は先にダウンだ!
そんな事になったら、おれはまたおばあちゃんに・・・・・
「オスカル・・・・あのな、おれはいつも遠慮してるのではなくて・・・・・」
「楽しいと思わないか?」
オスカルは自分を見つめるアンドレに、嬉しそうに微笑んで言った。
その様子を見てアンドレは覚悟を決めた。
こんなに嬉しそうな顔されちゃどうしようもないじゃないか!
「ああ、そうだな。」
だからアンドレはオスカルに笑いかけて、そう答えた。