10年前、総てを知る者は・・・

 「野原に、温室でないと育たないような花が植えられた。周りの花が色褪せて見えるくらい美しい花だ。当然人目を引く。皆その美しさに見とれる。中にはその美しさを独り占めしようとする者もいる。逆に踏みつけてめちゃくちゃにしたい者もいる。害虫もつくかもしれない。環境も過酷だ。だからそれほど時間がかからないうちにその花は摘み取られるか、環境に耐え切れず枯れてしまうかのどちらかだろう。」
「それが今の状況ですか?」
「いい表現だろう?クレマン。」男は答えた。

「では、温室育ちの花を野に植えた人物が・・・マリアが一番悪い事になりますが?」
「植えた人間は悪くないさ、マリアだけじゃない、石井もね。植えるしかなかったんだから。一番悪いのは種をまいた人間さ。」
「それはまあそうですが・・・」
「依頼人を悪し様に言いたくはないのだが、相続の件だけは何としてでも放棄させるべきだった。」
「・・・無駄です。」
「何も知らない財産目当ての者だけは寄って来なくなるぞ。」
「それでも一緒です。」
クレマンの言葉に男は小さく息をついた。

「親権をマリアに渡したのだけでも誉めてやるべきか。」
「ええ。あの方が親権を持ったら、溺愛してとんでもない事になりますからね。」
クレマンは苦笑して答えた。

「兎に角だ!過去は無理だとしても今の状況は打破する。彼には君が報告しない限り問題ないのだろう?」
「ええ。ですが、アーロン。あなたは本当に剣を教えるつもりなのですか?」
「ああ、素質は十分過ぎるくらいだからな。6年間で基礎を叩き込む。私の年ではそれが限度だろうからね。温室でないと育たないような花なら、育つ所へ自分で歩いていける花にするだけだ。」

クレマンは苦笑した。
「歩く花ですか?何と言ったらいいのか・・・あなたはとんでもない事を考えますね。」
「そうかね?歩いていって好きなところできれいに花を咲かせればいいじゃないか。」
「その好きな場所というのが難しい。」
男は頷いた。
「気難しい花だからな。まだ子供だがこれは一生変わらんだろうからな。まあなんというか・・・そこがいいという奴もいる。世の中広い。あの子が気に入るような男が一人くらいはきっといるさ。」
男の言葉にクレマンは苦笑して尋ねた。
「でもその男が最後のガード務めるだけの力がなければ何の意味もがありませんよ。」
「心配するなクレマン。そんなもの必要ないくらいに鍛えるさ。」
男が楽観的な様子で答えたので、クレマンは厳しい顔をした。
「19・20歳の誕生日は、それほど甘くはありません。」
「だからこそ強くあらねばならん。あの子は気性は激しい。だが心のきれいなとても優しい子だ。」
「優しすぎるのは・・・致命的です。」
クレマンは目を伏せた。

「つまり、そういうことだ。異存はあるか?」
「分かりました。ムシューには私からうまく話をしておきましょう。」
「頼んだぞ、知られたら計画は無に帰す。あとは・・・」
アーロンは頭を掻いた。
「友達がいればいいんだが・・・・」

「昂ではだめですか?」
「兄ではない、友達だ。」
「・・・あれ以来、まだ誰とも遊ばないのですか?」
「当たり前だろう。怪我をした子は、あの子を見ただけで怯えて泣くんだぞ!それでなくとも聡い子なんだ。6歳とはいえあんなの見たら火を見るより明らかだぞ。奴なら私で対処できる、指一本触れさせない。だがなあクレマン。」
「対人間用のガードは5名に増やしましたから、友達が再び巻き込まれて怪我をするようなことはないと思いますが・・・・」
アーロンはイライラした様子でクレマンを見た。

「沢山の、それも強面の大人に囲まれたあの子と誰が遊ぶと?どんどん孤立していく。このままだと奴の思うつぼだ。依頼主は分かっているのか?一番の問題は自分なのだと。」
「・・・子供かわいさの余りです。どうしようもありません。」
「彼の子供が欲しい女など腐るほどいるのだろう?一人とは言わん、二人でも三人でも生ませればいいさ。そうすれば過ぎた愛情も分散される。」
「・・・無理ですよ。」
「無理なものか。簡単だ。」
「その子供が彼女以上の子であれば。」

「神も残酷な事をなさる。あそこまで完璧を与えなくてもよいものを・・・」
暫くしてアーロンは苦々しげに呟いた。それを聞いてクレマンは驚いた様子を見せたのでアーロンは 「何だ?」 と尋ねた。
「無神論者あなたの口から、その名を聞くとは思いませんでしたから。」
「元凶を誰かに押し付けたい気分なのだよ。」
アーロンが投げやりに答えのを聞いて、クレマンは苦く笑った。
「・・・そうですね。」
「万が一、相続の件がなくなっても災いの種は幾つも残る。あと10年もしたら、あの子を取り合ってまわりの男が殺し合うぞ。」
「殺し合うは大げさですよ。」
「では10年後に自分を取り争う男達を見て、嫣然と笑えるようになれるのか?」

二人の男は見つめあった。暫くしてクレマンは目を伏せた。
「もしそうなれるなら、奴も手出しはしないだろう。」
「ええ、酷いものです。」
クレマンは目を伏せたままで答えた。

「とにかく!私はあの子が一人でも戦えるように心身共に鍛える。その為に、あの子と年の近くて力のある子が欲しい。」
「無理です。子供にガードをさせる訳にはいきません。」
「そうではない、友達だ。このままだとあの子はずっと独りになる。だから競争相手兼の友達だ。分かるだろう?その方が上達も早い。」
「昂でよいではありませんか?」
「家族の中でしか生きられなくなる。友達だ。」
「子供は無理です。見つかったとしてもせいぜい15・6歳しか・・・」
「だめだ。年が近くないと意味がない。」
クレマンは困った顔をした。
アーロンは彼の顔を見て溜息をついた。
「私だってわかっているさ。無理難題だということぐらい。」

「アンドレ・グランディエがいればいいのですが・・・・」
クレマンが不意に呟いた。それを聞いてアーロンは不愉快そうに言った
「あの子の昔のガードか?私はどうにも信じられんがな。転生などは・・・」
「彼らは嘘はつきませんよ。仮にもジャルジェ家の守護者ですし、あの当時もいたのですから・・・」
「命を賭して護った主を再び護る。か?そんなに都合良くはいかんさ。」
「・・・ええ、そうですね。」

「・・・・・」
「どうかしましたか?」
急に押し黙ったアーロンを見て、クレマンは怪訝そうに尋ねた。
「・・・・そいつは黒い髪に黒い瞳か?いや、容姿など分かるはずもないか。」
「いえ、分かりますよ。絵も資料も残っています。黒髪に大きな黒い瞳で優しげな男ですよ。」
「髪はくせ毛か?」
クレマンは驚いてアーロンを見た。
「え、ええ。その通りです。」
それを聞いてアーロンは笑った。
「どういう事ですか、アーロン?」
アーロンは面白そうに言った。
「機会があればあの子に聞いてみるといい。どんな子が好きか?とな。」

「どうかしたのですか?」
クレマンは、何もせず不機嫌そうに椅子に座っている少女に声を掛けた。少女はちらりと彼を見たが答えなかった。
クレマンはもう一度尋ねた。
「私ではあなたの相談にのれませんか?」
少女は少しの間考え込むと顔を上げて彼を見た。
「・・・ママンにもう読んではだめだと言われた。」
少女は口をへの字に曲げた。
「どんな本なのですか?」
「ハムレット。」
クレマンは苦笑いした。
「そうですね・・・・マリアの言う通りです。もう少し大人になってからの方が、色々発見出来て面白さが増します。今読んでしまうには少々もったいない本です。」
「そうなのか?」
「ええ。」
それを聞いて少女は考え込んだ。クレマンはその様子に微笑むと彼女に尋ねた。
「それよりお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
少女は考えるのを止めてクレマンを見ると頷いた。
「いいよ。なに?」

「もしもあなたが新しく友達が欲しいなら・・・・」
「友達なんて要らない!いるものか!話も面白くないし!ぜんぜんガキだ!そんなもの・・・欲しくない・・・」
彼女の様子をみて、クレマンは悲しげに微笑んだ。
「失礼、聞き方を間違えました。では、あなたが大きくなって・・・その時は、どんなガードが欲しいと思いますか?」
「・・・アーロンでいい。」
「つまり、彼の次を探す時の参考にですよ。まだずっと先の話ですが。」
「ずっと・・・・先の話?」
「ええ、そうですよ。急に探すのは大変ですから希望だけ先に伺っておきたいのです。」
クレマンは笑って言った。

「アーロンみたいなガードがいい。」
彼女は答えた。
「大変申し訳ないのですが・・・彼のようなガードは2人とおりませんよ。」
彼女は口をへの字に曲げた。
そして、少し考え込んでからクレマンを見た。

「・・・・・笑うんだ。すごくやさしいの。」
そう言って、彼女は嬉しそうに笑った。
クレマンは彼女の顔を見つめた。
「目は大きくて黒いの。髪の毛も真っ黒で少ししだけくるくるくしてる。少し泣き虫だけど・・・弱虫じゃない。
怒らないんだ。でね!おもしろいやつなんだよ。いろんな事して遊ぶ。サッカーも一緒にやるんだ。それでね、それからね、それから・・・・・・・・」

急に俯いた彼女をみてクレマンは優しく聞いた。
「どうかしたのですか?」
「探してくれる?」
彼女は顔を上げた。
「クレマン!ぜったい探してきてくれる?見つけてきてくれる?そういう子!」
彼女の目は真剣だった。
「・・・・・ええ、必ず探し出しますよ。」
「約束する?」
「約束します。きっと彼も・・・・彼も探していますから・・・・きっと。」
クレマンはそう答えて笑った。
「約束だからな、クレマン。」
彼女も笑った。
まるで天使が微笑むように・・・・