She did't reply.

 なんで思い出せないのかなあ。
はらはらと花びらを落とす桜はいつも勇に何かを思い出させようとした。
それはとても大切で決して忘れてはいけないはずなのに・・・
勇は桜を見つめながら一生懸命に考えたが、それが何なのかやはり思い出す事は出来なかった。
それでも彼は桜を見つめた。
桜の木は彼の考える事など気づきもせず、ひたすら花びらを落として見せた。
あと少しで思い出せそうなのに・・・桜の花はもうすぐなくなってしまう。
勇は去年のその時を思い出して散り落ちる花びらを悲しそうに見つめた。
花が散っちゃうと悲しい気持ちだけが残って・・・思い出せそうな気持ちはどこか遠くへ行ってしまう。
もう少しなのに!もう少しで思い出せるかもしれないのに・・・
いつもいつも、なんで思い出せないのだろう。
 4月とはいえ、夜の空気はまだ冷たい。
勇はぶるっと身震いした。仕方なく諦めて窓を閉めてカーテンを引くと、勇は急いでベッドに潜り込んだ。手足を縮めて暖まるのを待つが、身体が冷え切ってしまった所為かベッドの中はひんやりとしたままでなかなか暖まってはくれなかった。
勇は暫く布団の中でじっとしていたが、不意に起き上がると明かりを付けた。
ベッドを抜け出して机の引き出しを開けるとその中の一番奥から母が作ってくれたキルト地の茶巾袋を取り出す。それから明かりを消してベッドに入ると茶巾袋から中身を取り出した。それはB5サイズの紙を2つに折りたたんだ位の大きさの古びた皮表紙の手帳のようなもので、勇はそれを開くと窓に近づいてもう一度カーテンを開けた。彼は中の絵と窓の外の桜を見比べながら溜息まじりに呟いた。
「やっぱさあ、桜と同じ色だよなあ。」
桜と同じ肌の色をした少女は少し怒ったように勇を見つめている。
勇もそのまま黙って彼女を見つめた。
2年前は絶対いるって信じてた。でも今は・・・知っている。
相変わらず少女は勇を見つめている。
「Je ne pense qu'a toi.」
勇は待った。いつものように長い時間辛抱強く待ったが、やはり彼女は答えなかった。
彼は口をへの字に曲げると絵を閉じて茶巾袋にしまった。それからそれを持って肩までしっかり布団に潜り込むと少しだけ躊躇したが、袋に入った絵を胸に抱えるともう一度ささやいた。
「Je ne peux plus vivire sans toi. Je t'aime.」
何も答えてはくれない。
「Je n'aime que toi!」
答えてはくれない。
消え入りそうな声でささやく。
「Je t'aime.・・・・オスカル。」
絵は答えてはくれなかった。
勇は抱えていた絵を枕元に置くと、布団の中に頭まで潜り込むと身体を小さく丸めた。



Je ne pense qu'a toi. おまえの事ばかり考えているよ
Je ne peux plus vivire sans toi. Je t'aime. おまえ無しでは生きてゆけない。愛しているよ
Je n'aime que toi! 愛しているのはおまえだけだ!
Je t'aime. 愛している

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