English-speaking

「俺は、6歳の時初めて日本へ来た時、タイ語しか話せなくって、じいちゃんとばあちゃんが泣いたらしい。“孫が何を話しているか分からない”って!」
「オレはインドにインドネシア、それからシンガポール。ここでシングリッシュ覚えた!」
「シングリッシュ?」
「シンガポールは公用語が英語だけど、やっぱちょっと違うんだ。だからイングリッシュじゃなくて、シングリッシュ。」
「俺はさ、サウジアラビアに5年いた。でもアラビア語は少しだけ。犬連れてったから、ずっと外国人居住区。」
「何で犬連れてると外国人居住区?」
「知ってる!アラブの人って犬はだめなんだよね。犬をさあ、化け物みたいな目で見るんだよな〜」
「ぼくはずっとブラジルだよ。8年くらいだから、ポルトガル語は任せてよ。」
「ボクは兄貴もここなんだ。親はデンマーク。」

入学2日目、大木勇(12歳)は目の前で話す5、6人のクラスメイト達の会話をぼんやりと聞いていた。
彼の左隣では日本語ではなく、英語で会話をしているのが3人。
昨日のクラスメイトの自己紹介で、おかしいのには気づいていた。
寮もそうだった。日本語じゃない別の言葉で話してる奴がかなりいた。
掲示板とかも日本語じゃなくて英語で書いたものが貼ってあるしそれから・・・
多いっていうのは入学する前から分かっていたけど、クラスで日本の学校しか行った事がない奴っておれだけじゃん。他はみんなキコクシジョってやつじゃないか!
勇は思わず溜息をついた。
英語の授業も多いんだよな。おれ、英語は5年生からだし、8歳から習ってるフランス語だって全然駄目なのに・・・・おれ、大丈夫かな?ついていけるかな?
母さんは、もし無理ならいつでもやめてもいいって言ったけど、もしここをやめたら・・・・
「・・・勇、勇?」
勇はようやく自分の名前を呼ばれていることに気づいた。
「あ、ごめん。なにか用?」
「君はどうしてこの学校に来たの?」
「確かずっと日本だって言ってたよね。ここへ来たのは何か特別な理由があったの?」
目の前で話していたクラスメイト達が矢継ぎ早に勇に尋ねた。
「おれは・・・」
おれはあのイジワルなアイツと一緒の中学にだけは行きたくなかったのと、それからもう一つは・・・・
「海外赴任じゃないけど・・・母さんが、出張とかが多くて家を空けることが多いから、寮がある学校がよくて・・・」
「でもそれならここじゃなくても普通の・・・あっ!悪い・・・」
一人が言いかけて慌ててやめた。
「いいよ別に、他にも3つ受けたけど、ここしか受かんなくて、でもここも面接で絶対落ちたと思ってた。英語は2年しか習ってないし何で入れたのかいまだに分かんなくて・・・」
「そうか!それで元気なかったんだな。」
「俺もさあ、ポルトガル語はいいけど英語は少し苦手だから心配なんだ。」
「暫くは日本語での授業だけど、じきに全部英語での授業だもんな。」
「全部・・・英語での授業?」
「当たり前じゃん。どうしたの?まさか君・・・知らなかったの!」
驚いたようにクラスメイトは叫んだ。
「英語の授業が他の科目より多いんじゃないの?」
「いや、英語での授業だよ。1学期だけは半分くらいだけれど2学期からは国語以外は英語だよ。」
「そんなの・・・うそ!」
いつの間にかクラスメイト達が勇のまわりに集まっていた。誰かが日本語ではなく英語か他の言葉で何か話して・・・周囲がどよめくのが勇にも分かった。
全部英語なんて・・・そんなのおれ、絶対無理じゃん!
「勇あのさ、英語はここ受ける為に習ったの?受験用?」
「う・・うん。」
皆顔を見合わせた。
「あのさ、ここへ入学してくるのは日本より海外での生活が長いようなやつばっかだよ。」
「親が仕事で海外行きっぱなしで寮じゃないとまずい奴とか、逆に海外から戻ってきたけど向こうでの生活が長くって日本語に不自由があって普通の学校だと落ちこぼれちゃう奴だよ。」
「だけど英語ならなんとかなるって奴。」
「でも、入学試験は日本語で・・・」
「それはA組受験だろう?」
「A組って特進クラスだろう。海外名門大学進学準備コースの?でもそうじゃない奴も・・・」
勇が言いかけたのを遮ってクラスメイトが言った。
「そうじゃない奴は全員俺たちだよ。A組以外のクラスは帰国子女わく受験!」
「そ、そうなの?じゃ・・じゃあ・・・おれは?」
勇の問いに、クラスメイト達は困ったように顔を見合わせた。
その時一人のクラスメイトが話し出した。
「ボク兄さんに聞いた事がある。たまに定員が足りない時、特進クラスの補欠合格の奴を普通クラスへ入学させるって!でも大抵馴染めなくってすぐにやめちゃうって聞いた。」
皆勇を見た。
おれ・・・母さんは無理ならいいって言ったけど・・・・
だめだ!だってそうしたら・・・
「おれ!絶対やめない!ここで頑張る!絶対だ!どんな事があっても頑張る!」
勇は叫んだ。
「よし分かった!心配しなくていい!大丈夫だぞ!」
その時、背の小さな女の子のように可愛らしい子が机に飛び乗って叫んだ。
勇はその子を見た。
確か・・・花咲君という子だったよな。
「言葉は、自分を分かってもらって友だちになるためのもの!話したいと思えばぜったい大丈夫!」
その子はまっすぐ勇を見た。
「そうだろう?」
その子は回りを見回して言った。
「うん!そうだ!」「その通り」「頑張れば大丈夫さ!」「すぐに話せるようになるって!」
皆口々に言った。
そうだ、頑張ろう!そうしないと絵が・・・
「ありがとう!おれ頑張るから!花咲君。」
「俺は望だよ。望ちゃんと呼んでくれ!!頑張ろうな!勇!」
「うん、ありがとう望ちゃん。」



「最初受験するって言い出したのはお隣の絵里香ちゃん・・・勇、よく意地悪されていたでしょう?あれは絵里香ちゃんのあの子に対する愛情表現だけど・・・まあ勇には分かる訳はないわね。それで“おれは女のいない男子校受験する”って言い出して、私は駄目だって言ったのよ?それなのに・・・」
「あなたの仕事も頭にあったのじゃないの?勇君優しいから。」
その言葉に冴子は不機嫌に言った。
「まったく!親に気遣って!本当に腹の立つ!」
「でも普通の全寮制もあったでしょう。どうしてあそこへ?」
「全寮制の男子校は、他にも6つほどあったけど・・・2つは勇の成績からすると到底無理。あとの4つは・・・勇にはちょっと合わない気がして。少々風変わりな所だけどまあ、見学した中で子供達が元気で面白い子が多かったから気に入ったのよ。いい学校よ。」
「それで、その到底受かりそうに無い2つと入学した3つしか受けさせなかったのね。」
「ええそうよ。私としては受かんない方が良かったのよ。それなのに・・・あの子はこれと決めるとわき目も振らずやる子だから絶対受からないはずの所も補欠合格しちゃって焦ったわ。流石に九州だから本人も考え直してね。それにしても英語は2年間本当に頑張ったわ。これくらいフランス語も頑張ってくれたら元は取れたけど・・・惣さんの話は逆効果だったわね。ああ、なんでもないわ、気にしないで頂戴。」
「でも大丈夫かしら?インターナショナルスクールみたいだと聞いたわよ。ああいう所ってそれなりの子が行くでしょう?普通の子じゃ、お付き合いとか大変でしょう?」
「馬鹿ね、そんな分不相応な所へ入れるわけないでしょう?普通の会社員で海外駐在員の家庭の子が多いのよ。日本で育った子よりしっかりしてる感じ。雰囲気も悪くなかったし、海外名門大学進学準備コースがあるでしょう?あれがあるから勉強もしっかりさせてくれるのよ。上下の規律もきっちりしてるし。それに、私はやめてもらった方が嬉しいの!」
「だって!折角入学したのに・・・」
「入学する前に念書取ったのよ。」
嬉しそうに冴子は言った。
「念書?」
「ええそうよ、念書。もしついていけなくて退学なんて事になったら、絵を取り上げることになってるのよ。大体!行きたいと言ったのはあの子なのだから。」
「絵?ああ、あの絵ね。小さい時離さなかった。でも・・・今はもう落ち着いているのでしょう?」
「表面上はね。本人も“そんなの別にいいよ”みたいな感じだったけれどね。私としてはさっさと学校をやめてもらって絵を処分してもらう方が嬉しいわ。お金はかかったけれど、やる気になればちゃんとできる事も分かったし。得たものは大きいから。」
「それじゃあ、あなたは最初から絵を手放させる事が目的で?」
冴子は少し悲しそうに笑った。
「私としてはどちらに転んでもいいのよ。でもきっと頑張るわ。絶対学校はやめないわよ、勇は。」


途中書きでほかってあったのですが、海外赴任した人の話を聞く機会が何度かあって(それはもう面白い、もとい苦労話ですが)それでやっと出来上がりました。シングリッシュと犬の話はそれが元です。
板倉氏は勇と違って(^_^;)A組特進クラスです。後継者問題で揉めたので留学は断念し日本の大学へ行ったようです。どうでもいい事ですが・・・

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