2.at sixteen years oldドライヤー

朝食を終えて・・・・学校へ行く準備はほぼ整った。
しかし、家を出るまでにまだ1時間以上ある。
オスカルは、部屋へ戻ると鏡の前に座った。
それから鏡を見ると・・・・小さくため息をついた。
実際の所、この鏡の周りだけが彼女を女性だと判断できる場所かもしれない。
他は何というか本!本!本!その中にぽつりとパソコン。それとヴァイオリン。
女子高生の部屋とは到底思えない。(まあどうでもいいことではあるが)

さて、鏡の前にはあらゆる種類の整髪料が揃っている。
ジェル・ワックス・スプレー・ムース・寝ぐせ直し用ウォーターetc。
ドライヤーもパワー重視の物からポイント用など様々なものがある。
まるで美容院並み品揃えである。

オスカルは鏡を睨みつけた。
これは毎朝の日課である。
睨みつけたところでこれからする事に利点がある訳でもないのだが・・・・
寝ぐせ直し用ウォーターをまんべんなく吹き付ける。
ブラシで梳かす。
それからドライヤーを手に持ってスイッチを入れた。

ヴォー


「ジャンヌ、思うんだけど・・・・」
「今だけは大丈夫。龍は来ない。」
勇の話を最後まで聞かずジャンヌは答えた。
「でも・・・何故?」
「これは銀龍の・・・・“武士の情け”よ。」
「わかるような・・・わからないような・・・・」
勇は言った。
「とにかく、この1時間は何も起こらない。」
ジャンヌはコーヒーを飲みながら言った。
「あら、どうかしたの?勇。」
マリアは尋ねた。
「いえ・・・・髪の事でちょっと。毎日大変だから、その・・・・1時間。」
「何でも卒なくこなす子だけど・・・これだけはダメなのよ。」
マリアは困ったように笑った。
「あの、聞いてもいいですか?」
「ええ、何かしら?」
「たとえば、髪を伸ばすとかしたらもう少し楽に・・・・・」
「ダメ!あの髪よ、長くすると人目を引く。ガードする側から言わせもらうなら伸ばすなんて論外!」
ジャンヌは言った。
「そうか・・・でもさ、三つ編みとかしてまとめたら・・・・」
「そうよね。普通ならそういう手もあるのよね。」
マリアは溜息をつきながら言った。
「ゴムで纏めるっていう安易な手段もあるのだけれど・・・ね。」
有紗も言った。
「つまり・・・えっと、オスカルは・・・・出来ない?」
「出来ない事はないけど・・・今と同じくらいは時間がかかるわね。」
マリアは言った。
「完ぺき主義なのよ。きっちり出来ないと許せないの。だから少しでもおかしいと・・・・ね。」
有紗はマリアの言葉に付け足した。
「・・・そうしたら・・・・ストレートパーマは?」
「肌弱くて・・・パーマ液でだめだったの。」
マリアが言った。
「それに優李の性格じゃ無理ね。」
ジャンヌは言った。
「どういう事?」
「あの子が2時間近くじっとしていられると思う?」
勇は考えた。
確かにそうかもしれない。
「・・・・・それじゃ、いっそもっと短くするとか・・・・」
「断る!オスカルと同じになる。」
勇が声の方を振り向くと、そこにはオスカルが立っていた。
「あっ!オスカル。・・・・・えーと、オスカルっておまえじゃないか。」
「アンドレ、おまえがそう呼ぶから厄介な事になるのだ。フランスの父の事だ!」
「ああ、そうか。いや、そういえば・・・似てるよな。」
その言葉にオスカルはむっとして言った。
「絶対に短くしない!」
「フラン・・・後・・・・」
「何?」
「跳ねてる。くるんと2ヶ所!」
姉が言った。
オスカルは慌てて頭を触った。
一段と機嫌が悪くなるのが・・・・そこにいた誰もが、手に取るようにわかった。
そして、その後の落胆も・・・・
「・・・・・・直してくる。」
落ち込んだのがありありとわかる様子でオスカルは言った。
「オスカル・・・・・・がんばって・・・・」
勇は声を掛けた。
しかし、それには答えず彼女は無言のまま部屋を出て行った。
「35分、今日は早くできたと思ったけど・・・・・」
姉は言った。
「やっぱり・・・1時間ね。」
マリアは溜息をついた。
勇はしばらくオスカルの消えたドアの方を見つめていた。

「おれ・・・ちょっと見てくる。」
「やめたほうがいいわよ。機嫌悪いからブラシの1本2本は飛んでくるかも・・・・」
「でも・・・・・やっぱりちょっと。」




ドライヤーの音がしていたので、彼は暫くの間ドアの前に立っていた。
音がしなくなって・・・少し経ってから彼はドアをノックした。
しかし・・・返事はない。
もう一度ノック。やはり返事はない。
少し迷って・・・それからそおっとドアをあける。
中を覗き込むと・・・・・鏡の前で俯いているオスカルがいた。
後の髪は、2ヶ所とも立ったままだ。

「・・・・オスカル。」
「・・・・・・・」
「あの・・・オスカル。」
「・・・・・・」
「オスカル、あのさ。」
「・・・・・」
「髪はまだ直して・・・・・・」
「黙れ!」
ブラシが1本飛んで来た。
彼はいとも簡単に避けた。
どうやらかなりのご立腹のようだ・・・・
オスカルは勇を睨みつけた。

「あ、あのさ・・・オスカル、少しぐらい跳ねてたって別に・・・・・」
彼は恐る恐る言った。
「少しぐらい?これが?こんなに跳ねてるんだぞ!」
またしてもブラシが飛んで来た。
彼は避けた。
「そのくらいならハードタイプのムースかジェルで固めてスプレーで・・・・」
「誤魔化しなんか効かない!夕方になるにつれてどんどんくるくるして来る!そうしたらどうなるか・・・分かるだろう!」
またブラシが飛んで来た。
「スチーム式のドライヤーは?あれはなかなかいいって・・・」
「ここにあるのが目に入らないのか!」
またブラシだ。
「えー、それじゃあ・・・・すぐには効果ないけどさ、シャンプーは?」
避けながら聞く。
またまたブラシが飛んで来た。
一体何本あるのだろう?彼は避けながら考えた。
「くせ毛矯正用がある!知って・・・・」
彼女は彼がしゃべり終わらないうちに、またしてもブラシを投げつけて彼女は言った。
「・・・そんなもの役に立つか!」
避けながら勇は聞いた。
「使った事も無いのにそれはないだろう?」
彼は一瞬、オスカルが泣き出しそうな顔をしたように・・・見えた。
「バカヤロウ!1年も使ったのに少しも効果なぞなかったんだ!」
オスカルはそういうと、とうとうブラシはなくなったようで・・・・彼女は代わりにそばにあった雑誌を彼に投げつけた。
彼はそれを避けようとしなかったので、雑誌は彼の顔を直撃した。
雑誌は床にばさりと落ちた。
「ごめん・・・・」
彼は言った。
それを聞いてオスカルは物を投げるのをやめて・・・・俯いた。

「もう・・・嫌なんだ。」
「オスカル・・・・」
「・・・・こんな髪は嫌だ。どうしてママンに似なかったのだろう。そうすれば、さらさらのストレートヘアだったのに・・・・・・」
オスカルは俯いたままで言った。
「おれはさ、似合ってると思うんだけどな。その・・・くせ毛の・・・髪。」
“くるくるの天然パーマ”という言葉が頭に浮かんだが、その言葉は口にしなかった。
「想像してみろよ。さらさらストレートの自分をさ。ストレートヘアのオスカルなんて絶対似合わない。」
勇はきっぱりと言い切った。
「アンドレ!おまえは・・・・・この、くるくるのくしゃくしゃの髪がわたしにお似合いだと?」
オスカルは顔を上げて彼を睨みつけると言った。
「うん、かわいい。」
彼は言った。
これは心の底からの言葉だった。
実は−これは誰も知らない事であるが−オスカルの寝起きの・・・鳥の巣みたいにくしゃくしゃな髪の時ですら!
“かわいいよな”
と思える彼である。
本人曰く、“オスカルだってれっきとした女の子なんだから、かわいく思えたって不思議じゃない”
という事らしいが、その本当の理由がなんであるか・・・彼はまだ気づいていないのだ。
(それはどうでもいいことであるが。)

オスカルは勇の言葉とその様子を見て・・・・ぷいっとそっぽを向いて言った。
「・・・・これからも・・・・一生これが続くんだぞ!どんなに辛いか!お前になんか分かるものか!」
「分かるさ。おれだってこんなだしさ。」
そう言って、勇は自分の髪を引っ張った。
「何言ってるんだ!直すのに10分もかかってないくせに!」
「そりゃ、髪短いもん。髪が長かったらすごく!時間かかるさ。」
それでも1時間はかからないだろうが・・・・
心の中ではそう思ったが、勿論口には出さなかった。
そして、不審げな眼差しで勇を見るオスカルに言った。
「とにかく!時間が無い。それ直そう。そうじゃないと遅刻だ。」
床に転がったブラシを拾って勇はオスカル渡しながら言った。
「どちらにしろもう遅刻だ。」
もうどうでもいい!といったなげやりな様子でオスカルは言った。
「手伝ってやるよ。」
「・・・一人で出来る!」
オスカルは不機嫌に言い放った。
「これはさ、絶対自分でやるより人にやってもらった方が楽だから。ほら、貸して。」
勇は微笑みながら手を差し出した。
オスカルは勇の顔を・・・次に手を見つめた。
「さあ、オスカル。」
勇は言った。
オスカルは・・・・少し恥ずかしそうに目を伏せた。
それから尋ねた。
「アンドレ・・・ママンには言わないか?」
勇は笑いながら答えた。
「ああ、勿論!」
「・・・・・ありがとう。」
オスカルは小さな声でつぶやく様に言って・・・・・彼にブラシを渡した。

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