部屋へ帰ってきたのは、明け方に近い深夜だった。
ドアを開けるなり、上着を放り投げ、ベッドに仰向けに倒れこんだ。
「なんだって、おれがここまで飲まされなければならないんだ!」
アンドレは悪態をついた。
どう考えても、一番飲まされるのは花婿であるファブリスだった。 しかし彼は下戸で・・・・それを理由に花嫁は途中で花婿をさっさと連れ去ってしまった。
花婿を酔い潰すつもりの男達は、なすすべもなくそれを見送った。 なんせ、いまだに惚れている女のする事だから文句のつけようがなかったのだ。
そのおかげで、災難は花婿の同僚であるアンドレに降りかかった。
確か・・・5人?いや10人・・・15人はいただろうか?

ふらふらする頭でアンドレは思い出そうとした。
しかし、彼が思い出したのは花嫁のノエミがヴァンサンの店の看板娘だった事だけだった。
だから祝いの席だと言うのに不機嫌な男たちが多かったのか?
そんな事はどうでもいい!
愚痴られるは、からまれるは、無理やり飲まされるは・・・もう散々だ。 この役はファブリスがすることだぞ!
髪を縛っていたリボンを無理やり引っ張り解くと、ためいきをついた。

 「おまえが二人の縁結びをしたんだってな?」
1人の男がアンドレに声を掛けたのが引き金で、彼の周りにはあっという間に人が集まってきて・・・
彼はファブリスに誘われて何度かヴァンサンの店に行った事があるだけだと弁解したが、誰一人聞こうとする人間はいなかった。 何故なら、彼らは八つ当たりできるものが必要なだけだったから。
「おまえか!諸悪の根源は!」「全部おまえが悪い!」「ほれ!もっと飲まんか!」
「だいたいなんであんな奴が!」
「惚れた女が他の男のものになるのに祝福など誰が出来るか!」
「ノエミをあのばかが幸せにできるわけがないんだ!」
「おい!聞いてるのか?アンドレとかいったな。さっさとグラスを空けろ!」
「奴のにやけた顔・・・2・3発ぶん殴ってやればよかった!」
「ノエミ!帰ってきてくれ!」「ファブリスのばかヤロー!」
結局、最後まで付き合わされた挙句、帰り際に言われた言葉は・・・・・

  「俺たちの代わりにファブリスの奴を1発ぶん殴っといてくれ!」

アンドレは苦笑した。
あれだけ飲めば支離滅裂なのは仕方ないが、おれにそんな事を頼むとは! おれはノエミに惚れてなんかいないのだぞ。
アンドレはため息をついた。
身体がふわふわする。あと3時間程で仕事なのに・・・
アンドレはまたもため息をついた。

それにしてもファブリスの奴、あんなに大勢のライバルがいたのに、よくノエミのようなかわいい娘を射止めたものだ。 本人もそれはよく分かっていたのだろう。今日のファブリスの嬉しそうな顔ときたら!これ以上の幸せはないといった感じで・・・
アンドレは笑った。
確かにあんな顔されちゃ、あいつらだって収まりつかんだろうな。 ぶん殴ってやりたい奴らの気持ち、分かるよな。 もしこれが、おれが奴らの立場だったら・・・・・
彼は急に喉が焼け付くような感覚に襲われた。
畜生、酒の所為だ。飲み過ぎだ・・・・
アンドレは重い身体を起こして、机の上にあった水差しでコップに水を入れて飲み干した。そしてまたベットに仰向けに倒れこんだ。

起き上がるのが辛い。
まずいな。
ぼんやりと考える・・・・
これじゃ仕事にならない。どうしよう?
ぼんやりと考えて・・・・

 どんな気持ちなのだろうか?惚れた女と一緒になれるというのは

頭の中がぐるぐる回る。 気分がいいのか悪いのか、もうそれすらわからない。

「分からないな。一生・・・」

アンドレは両腕を顔に被せるとくすくす笑った。
それからため息を一つついた。

「ファブリスの奴いいよな。羨ましいなあ・・・・」

 もうほとんど働いていない頭でアンドレは決めた。
休みが明けてファブリスが出てきたら、奴らに頼まれた通り1発殴ってやろう。 おれにはお前の気持ちは分からないが、あいつらの気持ちなら骨身にしみるほどよく分かるからな。