気になることば 第三回

「エムペラー」

 
今回は天皇の英語訳、エムペラー。我が国を訪れる外国人に日本の国体の説明を求められる機会は少なくない。では、天皇はkingemperorか。

訪問客を京都の離宮に案内すると、英語の説明書ではImperial Villaとなっている。これではまるで、ローマ郊外のVilla Adriana(ハドリアヌス帝の離宮)のようではないか。

修学院離宮も日本的尺度からすれば確かに広く、9ホールのゴルフ場を建設するのに適した起伏さえあるが、それでも地中海世界に君臨したローマ帝国の皇帝の広大な庭園には比べるべくもない。

さて、英語のemperor、形容詞がimperial、emperorの統治の及ぶ範囲がempireである。一体、日本はempireと呼ぶのにふさわしいだろうか。

かつて皇帝として帝国を治めた人には、エチオピア皇帝、ローマ皇帝、あるいはロシア皇帝、ドイツ皇帝などがいた。彼らに共通する要素は、言語・文化の異なる複数の部族を支配していたこと、または、限られた地域にしか統治権が及ばない王の上に立つ存在であったということである。フランス皇帝ナポレオンにしても、欧州の広域に覇権を確立し、自らの親族を各地の王に任命したことからみて、この定義に当てはまる。

日本国の1946年憲法の英語版は日本語版よりも判りやすく人気があるが、その第一章の表題はKingではなく、Emperorである。もっとも、天皇の英語訳は前憲法の影響を受けた可能性が高い。そこで、伊藤博文の注釈書に収載された1889年憲法の英語版をみると、表題からしてConstitution of the Empire of Japanであり、第一章の表題はEmperorである。さらに、1889年憲法に多大な影響を与えたとされる1871年のドイツ帝国憲法(Verfassung des Norddeutschen Bundesに基づく)を見ると、帝国の機関の一つとして皇帝Kaiserであり、帝国Keiserreichは、プロイセン、バイエルン、ザクセンなど複数の王国の連邦であると定義されている。

さて、王という呼称が日本で用いられなかったわけではない。天皇の古い名称は大王であったとされるが、現在の皇室典範においても、皇子・皇孫は、親王、内親王、王、女王などと称される。皇孫としての王はkingではなくprinceと英訳するが適当であろう。とすれば、朝鮮や台湾に日本の主権が及んでいた例外的な時代はともかく、すくなくとも天皇を英語でemperorと称するのは、明治人の独善に端を発していると考えざるを得ない。

最後に練習問題。日本の国体を次のうちから選びなさい。
 
      a) 王国
      b) 立憲君主国
      c) 共和国
 
(2000年6月8日)