twelve leaves
leaf#8

■トロピカルミュージックというものは、実は「熱帯の音楽」ではなく、むしろ本質的には「熱帯を訪れた旅行者のための音楽」だと言っていい。それはどこか、快適な リゾートホテルのバーで飲む色鮮やかなトロピカルカクテルに似ている。求められているのはどこまでもスムーズな口当たりであり、匂いたつような濃厚な甘さであり、ほどよいエキゾチシズム。表層では、いかにもグラマラスで蠱惑的な雰囲気を漂わせ ながら、コアにいくほど限りなくクールで人工的な何かを感じさせるのだ。 このジャンルの草分けで1950年代後半に「エキゾチック・サウンズ」を一世を風靡 したマーティン・デニーにしても、彼自身はニューヨークという大都会の生まれで、 音楽的にもクラシックの深い素養を備えた人だったりする。ちなみに初期のYMO (とりわけ細野晴臣)がそのデニーから多大な影響を受けていたのは有名な話。そう 考えてみると、ハードディスクを駆使する近年のラウンジ/音響系シーンにおいて、 そのようなリゾートミュージックに対する屈折した愛情を感じさせるDJやミュージ シャンがたくさん登場してるのも納得がいくのではないか。 そのような“架空のエキゾチック・ミュージック”をめぐる系譜に置いてみたとき、 宇田川寅蔵『leaf#8/ALOHA-TORAPICALS』のユニークさはいっそう際立って見えてく るはずだ。 寅蔵に加えて、JPBのベーシストでもあるナカムラテツオだけが参加した最小の ユニット。ステージに置かれたパソコンが南国情緒あふれるSEやトラックをゆったり再生するなか、寅蔵のサックスを中心とするライブ・パフォーマンスが独特の空間を創りあげていく。ミニマルな電子音と生演奏を共存させるという試みは、6月に行われた『leaf#6/NEW ELECTORALOPITHECUS』にも通じるものだ。ただし今回は、全編を通じて何ともいえない“ズレの感覚”が強調されていることに注意してほしい。 たとえば「はぐれ雲」「正月はキューバで」「SLOW BOAT TO JAMAICA」など、おなじみの楽曲を注意ぶかく聴いてみると、えんえんと反復されるリフレインに対して、 寅蔵がきわめて意識的にメロディーをズラしているのが分かるはずだ。その微妙な居心地の悪さ、どこかムズムズした感じが、ゆったりした演奏が進むにつれて次第に心 地よさへと変わってくる。 おそらく寅蔵は、意図的にズレを強調することによってトロピカル・テイストな楽曲をいったんバラバラに分解し、リスナーの目の前で再構築してみせているのだ。それによって、リゾートミュージックが本来もっているアーティフィシャルな構造が、 より生々しい迫力をもって浮かび上がってくる。 あえて映像的に言うなら、抜けるような青空ではなく、水平線にどんより垂れ込め た雨雲のような感じだろうか。リゾートという素材の中に、どこか寄る辺ない不穏な空気をまぎれこませてしまうところがいかにも寅蔵らしく、『ALOHA-TORAPICALS』という新しいトロピカルミュージックの魅力だという気がする。 ★01『はぐれ雲 』小鳥のさえずりと波の音というトロピカルなSEに導かれて、この定番ナンバーは幕を開ける。ガムランの音色を思わせるトラックがおなじみのリフレインを繰り返すなか、メロウな感覚のサックスがゆっくりと入ってくる。バックトラックとの微妙なズレをキープしたまま、流麗でスムーズなフレージングを展開する寅蔵のプレイに注目。 このギャップの中にこそ、おそらく寅蔵のリゾートは存在するのだろう。 ★02『 正月はキューバで』 やはりJPBでもよく演奏される定番曲。PCによって反復されるどこかマリンバっ ぽいトラックと、ナカムラテツオのベース、そして寅蔵のフルートが、ここでもやはり絶妙にムズムズ感を保ったまま最後まで共存している。どこか淡々としたフルートの響きも印象的。その音色もまた、小鳥のさえずりを思わせなくもない。 ★03『SUNBURN 』2曲目から一転して、いきなりグルーヴィーでアグレッシブな楽曲。無機質な打ちこみビートに乗せて、途切れることなく喋り続ける“寅蔵節”が堪能できる。本人が sトロピカルミュージックというよりもジャングルミュージックになってしまった」 と言うように、南洋のハリケーンのように突然挿入されるサックスの炸裂音、あらゆる隙間を埋めつくすようなアドリブは聴きどころだろう。ナカムラテツオのベースも グルーヴィー。フェードアウトするサックスの後に静かに聞こえる虫の音が、肌に残る日焼けのヒリヒリした感じをうまく表現している。★04『AFTER THE SQUALL 』小鳥のさえずりに導かれて、ラテン・テイストを感じさせるギター・カッティングのようなリフレインが浮上。スコールが通りすぎた後、通りに人がもどってくるように、 軽快なソロフレーズが展開される。黒々と垂れ込めた雨雲の隙間から光が差し込むように 寅蔵のアルトサックスがハイトーンで入ってくる冒頭部が刺激的だ。 ★05『SLOW BOAT TO JAMAICA』 ドラムン・ベースを思わせる細かいビートと、独特の哀感をたたえたレゲエっぽいメロディーが絶妙にマッチしたナンバー。淡々とした表情で反復されるバックトラック と、メインテーマをどんどん極限まで微分していくアドリブプレイとのコントラストは、文字どおり本作のクライマックスと言えそうだ。楽曲の終盤、やがて音楽は猥雑 な雑踏のなかに飲みこまれていき、架空のリゾート地で展開された束の間の休息は終わりを告げる。
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