twelve leaves
leaf#11

★調律を少しだけ狂わせてわざと調子っぱずれなニュアンスを出した演奏のことを、ジャズやロックのミュージシャンたちはよく「ホンキートンクな感じ」などと表現する。もともとホンキートンクとは、ジャズ創生期のアメリカ南部で安キャバレーを意味するスラングだったそうだ。当時、場末の酒場に置かれているピアノは必ずと言っていいほど音がずれていた。で、やがて、そういう安酒場で演奏される独特のピアノ奏法のことを「ホンキートンク・スタイと言うようになったらしい。★宇田川寅蔵プロジェクト『leaf#11/→lounge jazz trio←』を聴いてまず思い浮かべたのが、実はこの「ホンキートンク」という言葉だった。三上武志(acoustic guitar)と岩川峰人(wood bass)の2人を迎えてのアコースティック・トリオ。リラックスした雰囲気から生み出されるオーガニックなグルーヴ感が、まさにアメリカ南部の酒場で夜ごとブルースメンたちが繰りひろげられているセッションみたいに思えたのだ。 ★たとえば1曲目の「はぐれ雲」、寅蔵プロジェクトでは毎回必ず演奏されている定番曲だ。今回のオープニングには三上武志のブルージーなギターがフィーチャーされ、何ともいえない広がりを楽曲に与えている。スライドギターの豊かな響きに寡黙で存在感のあるウッドベースの音がかぶさり、やがて寅蔵のフルートが微かに気怠さを含んだテーマを奏で始めて……このイントロ部分だけで、目の前にはアメリカの渇いた荒野が広がり、渇いた空気が漂ってくる気がしてしまった。気心の知れたメンバーならではの、ダウン・トゥ・アースでちょっと土臭い雰囲気。この「はぐれ雲」に限らずどの楽曲からも、生音のセッションを楽しむプレイヤーの息づかいが伝わってくる。★だからこそ、もともと楽曲に込められていた寅蔵の“歌心”も、これまのプロジェクト作品以上にストレートに感じとれるのだろう。たとえば2曲目「AN OBSCUREMOVIE THEME SONG」のアドリブパートでは、粘っこいリズムの中、わざと“ヨレ”を織り込んだフレージングが、これでもかと展開されている。あるいは、寅蔵が初の歌モノ(!)にチャレンジした3曲目「白昼夢」で聴ける、どこかオフビートな“酔いどれ風”ヴォーカルにしてもそう。作品全体に何とも言えないユーモアが漂っていて、まさしく寅蔵流のホンキートンク・スタイルと言いたくなる。★個人的な白眉は4曲目「THE DRUNKERD AND MINA」。昭和歌謡を思わせるまったりした雰囲気の中、リスナーの耳にねちっこくカラんだり、扇情的に歌い上げたり、あるいは小刻みに肩を震わせて泣いたり……。どこかのスナックの片隅にいそうな“Honky Tonk Woman”の、ハスっぱな女心を完璧に演じわけるサックス・プレイには圧倒されてしまう。★それにしても今回は、メンバーのバランスが見事だった。寅蔵を筆頭に、3人とも本当にいい感じで肩の力が抜けている。寅蔵とは縁の深いメンバーだけに、楽曲への理解度も深いのだろう。あるときは確実なバッキングで寅蔵を存分に歌わせたかと思うと、ソロパートでは楽曲が本来もっているユーモア感やリリシズムをさらりとアレンジしてみせたり。緩急自在のインタープレイで、リスナーをまるで退屈させない。決してテクニックには走りすぎず、適度なテンションをキープしながら最後にはきっちり盛り上がっていく。★さらにもうひとつ。本作の魅力として、アコースティック編成ならではの豊かなリバーブ(残響)感も挙げておきたい。サックス/フルート、アコースティック・ギター、ウッドベースというアンプラグド編成で紡ぎ出されるサウンドは、手を伸ばせば触れられそうなほどツブだっている。ホンキートンク・フレイバーで疾走する寅蔵の肉声も、本作ではより身近に感じられるはずだ。
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