朱色塔奇譚 |
ある晩、会計が済んで、カウンターから立ち上がった 同世代とおぼしき男性客が ふと漏らした言葉から、物語ははじまった。 「カウンターの上のこの写真は、大将が撮ったんですか?」 「あ、オリオン座のM42星雲ですね。 そう、この店のベランダから撮ったんですよ。 立川で、どこまで暗い星が撮れるか、試してるんです。」 「へえー! 凄く綺麗に撮れてるじゃないですか! これで何秒くらい露出したんですか? 僕が子供の頃は、何十分も露出しないと、だめだったけど」 「お客さんも、星が好きなの?いやあ 嬉しいなあ。 これはね、70秒くらいですね。それ以上だと、画面が真っ白になっちゃうんっすよ」 「そんなもんで写るんですか?!」 「そう、デジカメって、凄いですよね。 あとね、近場じゃ、五日市のほうへも行くことあるんですよ。 お客さん 知ってるかなあ、横沢入りって。 はじめて20センチの望遠鏡で星を見たのが、あの場所。」 「え、横沢入り、知ってますよ 知ってます。 いいとこですよね、 「ねえ、あの大悲願寺の奥の。 いいところですよね。里山が手付かずで残っていてさ。 もう少しすると、おたまじゃくしが、たくさん生まれるなあ」 「大将、あそこの蛍 見たことあります?すごい綺麗ですよ」 「へえ お兄さん詳しいですねえ」 「じつは俺の実家、あのへんなんですよ」 「おお、うらやましいなあ。昔は随分 星も見えたでしょうねえ・・。 そういえば、ここにいるカミサンの親父さんの実家、 あのそばの ○○部落なんですよ」 「ええ!ホントっすか? 俺のおふくろも、○○部落っすよ」 「え、ちょっと待って! 失礼ですけど、お客さんのお母さんの旧姓って?」 「☆です」 「マジで?! このカミサンの旧姓も☆ですよー! じゃ、親戚じゃないですか!?」 「わ! そうかも! あの辺は、☆って名前が多いんですよ。 ちなみにオカミさんのお父さんの家ってどこですか?」 「××の交差点、わかります? あそこを入っていくと神社があるじゃないですか。 あの手前の▲の前。」 「ええ!、うちのおふくろんちって、川を挟んで そのすぐ裏ですよー!」 このあと、地図を広げて、みなで検分に及んだのは言うまでもない。 血族か、否か? 結論がでるのは じきであろう。 一枚の天体写真が、意外なドラマを紡いでくれました。 |