看護婦さんと体温計

腹の調子が悪く、市内の総合病院へ行った。
受付を済ませ、問診表を書き終えて待っていると、看護婦さんが寄って来て、
「遠藤さん、お熱を測ってくださいね」
と、体温計を差し出した。
うちでも使っている、電子体温計。
このオムロン製、驚いたことに、脇に差し込んでほんの20秒足らずでピピっと鳴って検温完了。
こんな短時間でちゃんと測れているんかいと取り出してみると、35.9℃と表示されている。平熱よりかなり低い。とたんに、全身が冷たくなる。
こんなはずじゃ・・と、リセットして測りなおすと、今度は36.6℃になった。
そこで、ものは試しと、今一度検温してみた。
なんとこんどは37.1℃にまで上がっているではないか。
 とそこへ、看護婦さんが診察室から顔を出した。
「どうぞ お入りくださーい」
さて、なんと報告したものかと考えながら、よろよろと立ち上がる。扉のところで、看護婦さんに事の次第を告げた。
俺から体温計を受け取りながら、彼女は涼しい顔でこう答えた。
「予測体温ですから、若干体温が変わることありますよ」
ちょっと待ってくれ。体温で1℃ったら、若干じゃないだろうよ。
それに、予測ってなに?天気予報じゃないんだぜ。

こと体温計に関して、俺は以前からデジタル表示を信じていない。
実際自宅で測る場合でも、コンマいくつの誤差が必ずあるからだ。
でも、ここは病院だ。仮に、軽い風邪で病院を訪れたお年寄りが、この不正確な体温計を用いて42℃とか表示されて、驚きのあまり血圧が上がって悶絶でもしたらどうするつもりか。だれが賠償するんだ、院長か、オムロン社か。

 俺はやっぱり、昔の、水銀体温計がよかったなあ。
脇に挟んでしばらく待っていると、看護婦さんがやってきて、「はい、取り出してください」とにこりと笑い、受け取った体温計を指に挟んで、軽く回すようにしながら ちょっと眼を細めて目盛りを読み取る。
そのあと、ここが肝心なのだが、看護婦さん、体温計を持った手首をやおら二三度ふってみせる。これはそうして水銀を下げているのだけれど、このちょっとした仕草が、
「病気のことなんか、忘れちゃえ 忘れちゃえ」
と言っている様に見えたのである。
「安心して待っていてね」とささやいているように見えたのである。
あのとき そこには本物の天使がいた。

                  2008.9.2