雨の夜の訪問者


 もう暖簾をしまったあとだったから、11時をまわっていたろうか。
俺は入り口の脇の縁台に座り、
久しぶりにギターを抱えて、4人の常連さんと一緒に歌を唄っていた。 
料理はみな出しきったあとだったし、
皆 年代も同じとあって、けっこうな盛り上がり。
俺の目の前には、お客さんと同じ、焼酎グラスが置かれている。
 
 と、突然 入り口のドアが開いて、
入ってきたのは、一人の外国人だった。
茶系の上下できめた彼の顔は、ほんのり赤みを帯びている。
大きながたいをちょっと折り曲げ にこりとしたので、
俺が会釈を返すと、
かの外人、泥を払うマットの上で、平然と靴をぬぎはじめた。
きょとんとしている我々を尻目に、彼はその靴を丁寧にそろえると
くつしたのままカウンターの奥へと歩いていくではないか。

 女将をはじめ、アルバイトの子も、お客さんたちも
みんな固まっているから しかたがない。
一番隅のいすに腰掛けたところで
俺はあわてて 彼に近づいて、
「いやあ 申し訳ない。店はもうおしまいなんだよ」
という意味のことを、英語で告げた。
「Oh Im sorry]
という意味のことを彼は日本語で返し、やおら店内を見回すと、
頭をかきながら立ち上がった。
「すいませーん」
今度は綺麗な日本語が返ってきた。
そして、ぬいだ靴にふたたび足をとおすと
ちょこんと会釈をして 一度だけふりかえり
店を出て行ったのであった。

しばしの沈黙。やがて誰ともなく口をひらく。
「なんで靴を脱いだんだ?」
「部屋に入るときはそうするだろ、日本人は」
「だって 店だぜ」
「その玄関マットから中は、部屋だと思ったんじゃない?」
あとで思えば、お客さん3人は、小上がりに座していた。
勿論、靴を脱いで。
それを真似たのか?

なんにしても、礼儀正しい外国人。
笑うに笑えない ある雨の晩のひとこまであった。
もしまた彼が来たら、その時はゆっくりもてなしてあげよう。
                            18.10.29