寿人
Number567号、元々の記事は「田中隼磨、石川直宏」について書かれたものだった。
この二人は横浜ユース1年違いのFマリノス生え抜き選手だった。もちろん籍はそのままである。
彼らが自分のチームで出場機会に恵まれず移籍を志願して、移籍先で花開いたことを中心に書いてある。
その4ページの記事の片隅にその記事を書いた本人が小さなコラムを書いていた。(P69)

石川や田中の活躍を目にしながら、同じような思いを抱きセレッソ大阪に移籍した佐藤寿人のことを思い出した。
彼もまた市原生え抜きの選手。98年U−16アジアユース選手権敗退を経験し、Uー18、Uー19代表時は不動のエースとしてスタメンに
名を連ね、ワールドユースにも出場し、将来を嘱望されていた
しかし所属チームではなかなか出場機会に恵まれなかった。同世代の
選手が少しづつJリーグで活躍し始める中で味わう焦燥感。
02年1月、佐藤は移籍を決意した。だが待ち受けていたのは、移籍先でも試合に出場出来ないという厳しい現実だった。移籍を発表した
8日後、西沢明訓がボルトン・ワンダラーズから復帰することが決定し、その結果、FWのポジション争いがますます激化した。結果論でしか
ないが、市原には02年ベングロディシュ新監督が就任した。残っていれば、チャンスが巡ってきたかもしれない・・・。タラレバはこの世界に
は存在しないが、どうしてもその考えが頭をよぎる。
佐藤も、そして石川や田中の移籍も、試合に出場したいという同じ思いで実現したものだが、残念ながら結果は明と暗に分かれてしまった。
本人の意思が固くても、どんなに強い向上心を持っていても、それぞれチームの事情も異なるため、本人の力だけではどうにもならない時
がある。必ずしも成功とは限らない。移籍とはそれだけ厳しいものだ。結果を出さなければ生き残れないのがプロの世界。決して甘いもので
はない。
だが、明暗を分けた両者共に、この経験は大きな財産となったはずだ。重要なのはその経験をこれから先、どう活かしていくかだ。
03年シーズンが終わった時、彼らはどのような変化を遂げているだろうか。
もちろん無断転載。すみません。
そして下は、00年4月29日、市原VS名古屋in仙スタ。
寿人の大きい断幕、寿人はスタメンには入ってなかった。一三がオグの後ろにいる。たしか、この試合はオグが
寿人と交代した記憶がある。だから右の写真には写っているはず。
移籍、寿人にはNumberのコラムを応援歌に、ベガルタで花開いて欲しい。
そしてオグ。札幌では山瀬のケガでパサーがいないチームのパスの出し手になってしまってストライカーとして
活躍できなかった。今年はどこでプレーするのか・・・時間がないよ〜もう一度怪物と呼ばれたプレーを見たい!
石川。マリノスサポの歯ガミが今だ聞こえる。「ナオ〜戻って来いよ〜!」の声に東京サポの「ナオって誰?
あれは俺達のイシさ!」と歌われ地団駄踏んだマリサポ。由紀ちゃんを巡ってもう一度なにかが起きる???
ナビスコ、対岸の火事見物?おっと!柏サッカー場でシルビが旗でつっつかれた仕返しを・・・   2003.1.10