俺が冬樹を受け入れた理由(わけ)(5)
[小林冬樹(こばやし・ふゆき)×忍和希(しのぶ・かずき)]
クラス名簿を頼りに、冬樹の家を探す。
見つかったそれは、10数階建てのマンションだった。
住所から察するに、冬樹の家は15階にあるらしい。
エレベーターに乗りボタンを押す。
「あれ・・・最上階じゃん」
眺めがよさそうだな、と一瞬考えたけど、今考えないといけないのはそんな事じゃない。
冬樹に会った時に何を言うかだ。
一日考えてはいたけれど、はっきりとした答えは出せずにいたんだ・・・でも部屋の前に着く迄、結局また何も考えられなかった。
「うー・・・」
何て言ったらいいんだろ・・・。
ドアベルに、手を伸ばしては止め、を繰り返していると、いきなり内側からドアが開いた。
「あ・・・」
「あら?どうしたの?」
「あっあの、俺、冬樹君のクラスメイトの忍和希、と言いますけど冬樹君は・・・」
出て来たのは、冬樹のお母さんらしかった。
とりあえず自己紹介をする。
「いるわよ?あ、上がって下さいな?」
「・・・・お邪魔します」
こうなったらしょうがない。
腹をくくって部屋に上がりこんだ。
出してくれたお茶を飲んでいる間に、冬樹に知らせに行っていたおばさんが、戻って来るなり言った。
「隣の部屋にいるから、どうぞ?」
一瞬にして緊張する。
受験の面接時だってこんなに緊張しなかった・・・俺らしくもない、と内心叱咤する。
表面上は穏やかにお礼を言って、聞いた部屋に足を向けた。
何度か深呼吸してドアをノックする。
「・・・開いてるぜ」
冬樹の声だ・・・当たり前だけど。
恐る恐る小さく開け、ちょこっと顔を出す。
「・・・入ってもいい?」
「ああ」
Tシャツとジーンズ、という格好で、冬樹はベッドに腰を下ろしていた。
「・・・珍しいじゃん」
座るように促されて、机の前にあった椅子を借りる事にした。
「何か用だった?」
「あ・・・いや別に・・・」
「ふぅん」
興味なんてなさそうな相槌。
そりゃそうだよな・・・昨日、馬鹿って捨て台詞残したの俺だし・・・昨日の今日で、何の用なんだ、って思われてもしょうがないよな・・・・って何で俺がこんな事考えてんだよっ。
大体、冬樹が俺に告白なんかして来なきゃ、こんなに気まずくなる必要なかったのにっ。
「じゃ、何で来たんだよ」
あ、そうだ。
とりあえず、馬鹿、だけは謝んないと・・・。
「あの・・・昨日、馬鹿、って言っちゃって・・・ごめんね」
「あー、いーよ別に。俺、馬鹿だもん」
「・・・冬樹?」
「だろ?自分の程度も知らなくって、勝手にお前に恋してさ、身の程知らずって俺の事だよな。
ちょっと仲良くなれたからって、もしかしたら、うん、って言ってくれるかも、なんて勝手に夢みてさ。馬鹿って言われても当たり前だよな」
怒ったみたいな口調で、でも俺の事を睨むように見ている顔は、今にも泣き出しそうだった。
「もういいから。勉強も、もういいよ。ごめんな、今迄迷惑だっただろ。最初から嫌がってたもんな」
「・・・・・・」
「用ってそれだけ?別に気にしてないから、謝んなくても別に‥」
「冬樹っ」
黙って聞いてたら、気持ちがぐちゃぐちゃになって来た。
「・・・何だよ?」
「何で・・・何で、そんな事、言うんだよっ?俺がいつ、迷惑なんて言った?そりゃ最初は嫌だったけど・・・そんな、嫌な事なんていつ迄も続かないよっ」
言っているうちに顔が熱くなって来て、やば、と思った時には涙が続けて落ちていた。
慌てて擦る。
「俺だって・・・冬樹の成績上がるの楽しみなんだから・・・もういい、なんて言うなよっ。馬鹿って言っちゃったのは俺が悪いよ、ごめん。そんなつもりなかった」
「・・・・・・」
「身の程知らずなんて・・・」
「・・・・・・」
「俺・・・」
次の言葉が出て来ない。
何て、言ったらいいんだろう?
何を、言ったらいいのか解らない。
下を向いて、手をぎゅっと握り締めるしかなかった。
「・・・ごめん」
「え?」
「泣かせるつもり、なかったんだ。でも本当に、も、いいから。諦められる、と、思うし、努力する。ごめんな。もう、忘れていいから」
ふい、と視線を逸らせた冬樹に、何となく、俺の方が見捨てられた、と思った。
「・・・冬樹?」
「・・・・・・」
「‥こっち、向いて?」
「・・・・・・」
頑なに横を向いたままの冬樹・・・何で・・・?
「冬・・・」
「・・・・・・もう、帰れよ」
引導みたいに、聞こえた。