俺が冬樹を受け入れた理由(わけ)(1)
[小林冬樹(こばやし・ふゆき)×忍和希(しのぶ・かずき)]



「おい、和希。何か後ろの奴が妙な目つきでお前の事、見てるぜ」


私立神月(こうづき)高等学校の入学式で、同じ中学出身の山下にひそひそと囁かれた。


「え?どんな目つき?」
「んー・・・ちょっと一言じゃ言えねーな・・・とにかく、妙な目つきだよ」
「えー、やだなぁ・・・何だろ‥俺の後ろにいるって事は、同じクラスなんだよな?」
「そうだと思うぜ」
「・・・あんまり関わり合いにならない方がいいよね?」
「・・・だな」


 一応神聖なる入学式で、俺と山下はこんな会話を交わしていた。


その妙な奴・小林冬樹は、嫌な事に、やっぱり同じクラスだった。
席こそ近くないけれど、よく俺の方を見ては、不気味にぽやぁんとしている。
まだ入学して1週間ちょっとなのに、こいつのせいで楽しさが既に半減している。
おまけに近頃、よく俺の周りをちょろちょろしてるんだ。
うるさいったらありゃしない。


 「・・・なー忍。頼むからさぁ」
「っさいなぁ。やだって言ってんだろ?他あたれよ。俺より勉強出来る奴いるだろ?」
「お前、入試学年トップだったんだろ?先生が言ってた。お前より頭いい奴なんていねーって事じゃんか。なぁ、頼むから、お願いしますっ」


何回断ってもこれ。

こいつが俺に頼みたい事ってのは、つまり、勉強の面倒を見て欲しい、って事らしい。
何でも、補欠合格だったらしくて、成績をあげないと進級が危ないんだそうだ。
そりゃそうかも知れないけど、何で俺?
別に、首位じゃなくたって他に面倒見てやれる奴がごろごろいるだろうに。
早い話、その辺ですれ違った奴だっていいじゃん。
そう思っていた。
あー・・・ったくしつっこいなぁ・・・。


その日も、委員長の仕事を終えた後、自分の席で嘆息していた。
ぶちぶち文句を言っていたら、山下が教室に入って来た。


「あや?和希まだいたの?」
「うん。今仕事終わったとこ・・・はーぁ」
「・・・何だよ、ごっつい溜息だな」


帰り支度をしながらの山下に訊かれ、ここぞとばかりにまくし立てた。


「小林だよっ。何であいつああなの?俺の周りちょろちょろちょろちょろ・・・ったく鬱陶しいったらありゃしないっ。
 折角入りたくて入った高校なのに、ちっとも楽しくないし、委員長押し付けられたってだけでうんざりなのに
あいつのせいでこれ以上めんどくさい事やらされちゃたまんないよっ。昨日も今日も・・・
 明日以降もこうだったら、俺もう耐えらんないっ!!」


殆ど一気にこれだけ言って、大きく息を吸い込む。


「‥はー疲れた・・・」
「お前な・・・ちょっと落ち着けよ」
「落ち着け?お前は他人事だろうけど、俺は渦中にいるんだぞっ。落ち着いてなんかいられるもんかっ!!」
「ちょろちょろされんのが嫌なら、小林の言うようにしてやりゃいいじゃねーか。勉強教えるだけなんだろ?」
「だけ?!」
「‥違うのか?」
「・・・・違わない‥けど、俺はあいつの、あの不気味な視線が嫌なんだよっ。
勉強の最中も、あんな視線向けられてんの、想像しただけで寒気がするっ」


 冗談じゃない。
 勉強だけなら、いくら俺だってこんなに嫌がらない。
あの、何ていうのか、前に山下が言ってたけど、一言じゃ言えないような視線で
俺の事じーーーーーーーーーーーーーーっと見てるんだ。
不気味じゃんか、そんな奴と2人っきりで勉強なんて。
 あーやだ。


「でもさぁ、考えてみろよ。お前もさぁ、折角縁あって同じクラスになった奴がだぜ?留年とかって、気分悪くない?」
「・・・・・・」
「だったらさ、ちょっと我慢してあいつに勉強、教えてやれよ。
 成績が上がったら、お役御免になるしさ、それ迄の辛抱じゃん」
「‥うー・・・」
「はい、決まりね。お前が教えてやりゃ、小林だってちょろちょろだけはしなくなるしさ」
「・・・・・・・・・解ったよっ」


 ちっ、と思いきり大きく舌打ちをする。
結局、せめてちょろちょろだけは、という極めて消極的な理由で、俺は小林に勉強を教えてやる事にしたのだった。

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