Lotus-eater(1)
[基明(もとあき)くん)×悠人(ゆうと)くん]



「基明っ」


惜しげもない笑顔で、俺の方に駆けて来る悠人の姿にくらっとする。
ちょっと息を切らして側に来た悠人を、すかさず抱き締めた。


「なななっ何っ?」
「んー?」
「や、ちょっと何なのーっ?」
「別にぃ?可愛いなーって思って」


俺よりちっちゃいから、腕の中にすっぽりと入っちゃうんだ。
待ち合わせで、逢った途端にこういう事をされるとは思っていなかったらしい悠人が、無駄なくせに一生懸命に暴れてる。


「ちょっと基明っ。人が見てんじゃんかっ離せってば!」
「・・・そんなに俺に抱きしめられんの、やなの?」
「う・・・んな、事、ない、けど・・・」
「じゃいいじゃん・・・ってー!」


気分よく抱きしめてたら、悠人に思い切り足を踏まれた・・・思わず悠人を解放し、何すんだよっ、と愛する加害者を見たら、まっかっかな顔で俺の事睨んでる。


「・・・何だよ」
「何だよじゃないよっ、人が見てるって言ってんじゃないかっ!こういうとこでそういう事すんの止めろって、何回言ったらわかんだよっ、基明の馬鹿!」


一息に言うと、ぷいっと横を向いてしまった。
そのまますたすた歩き出してしまったから、慌てて後を追う。


「悠人っ。悠人ってばちょっと待てよ」
「・・・・・・」
「なぁ悠人、ごめんってば。俺が悪かったよ。もうしないからちょっと待てって」
「・・・・・・」
「悠人ぉ・・・」
「・・・・・・」


これじゃ埒があかない。
足を速めて、すぐ前を歩いている悠人に追いつき、その細腕をぐいっと引いた。


「う、わっ」


よろけかかる悠人を支えたまま、すぐの所にある脇道に連れ込んだ。
一応きょろきょろと周りを見て、他に人がいないのを確認。


「何だよっ」
「ちょっと待てって言ってんだろ?」


逃げようとしている悠人をきゅうっと抱きしめる。
人がいるっていう言い訳はなし・・・犬なら、そこにいるけど。
俺達の事、さっきからしっぽぶん回しながらじっと見てるけど・・・ま、これは問題外。


「お前がそんな事してるからだろっ。離せってば!」


嫌いになるぞっ、という悠人の言葉に、慌てて体を離す。
でも腕だけは掴んだまま・・・逃げられたら困る。


「ごめんなさい、もう外でああいう事しないから。お願い嫌いにならないで?」


おろおろと謝る俺に、大きく息を吐いた悠人が、いかにも渋々という感じで頷いた。


「・・・本当に?」
「・・・・・・もうやんないって約束すんならね。約束する?」
「するする、何でもします」
「‥ならいい」


あーよかった・・・。
あんまり怒らせた事ないけど、悠人が怒ったら最後だからな・・・俺にとって。


「何?」
「いやいや何でもありません」
「・・・ふぅん・・・ま、いいや、じゃ行こ」
「うん」


にこっと笑った悠人が俺の隣に並ぶ。
やっとデートらしくなって来た。

ちょっと遊んで、咽喉が渇いたという悠人の言葉に、近くにあった喫茶店に入る。
それぞれ注文も済ませた。


「早く来ないかなぁ」


場つなぎに水を飲みながら悠人がボヤく。


「・・・なぁ、悠人ぉ」
「何?」
「んー・・・あのさぁ・・・」
「何だよ」
「んー・・・・」
「‥何なの?」


口ごもっている俺の顔を、真正面から覗き込んで来る。
口調は乱暴だけど、目が、少しだけ心配そうに揺れてる。
こういうとこが可愛いんだよなぁ悠人って・・・。
ぼんやりとそんな事を考えてたら、悠人に頭を叩かれた・・・。


「ってーな!」
「何だよって訊いてんだろ?返事くらいしろよっ」
「・・・・・悠人・・・お前って、本当に俺の事好きなの?」


さっきから踏んだり叩いたり・・・愛が、全然感じられないじゃんかよ。


「好きだよ?」
「・・・ならいいけどさ」


ぼそっと呟いた俺に、可愛くちょっとだけ小首を傾げた悠人が、今度こそ本当に心配そうな顔で口を開いた。


「基明。本当にどうしたの?何でそんな暗い顔してんだよ?‥もしかして、今日のデート・・・楽しくない?」
「そんなんじゃねーよ、楽しくないはずないだろ?」
「じゃどうしたのさ」
「んー・・・・・・なぁ、来週ってさぁ」
「うん」
「お前、何の日があんのか、解ってたり・・・する?」
「何の日か?ううん知らない」
「・・・・・・・・・そっか」


巷じゃ赤いハートが舞ったりしてんのに、俺の恋人はあっさりと否定してくれた。
テレビだって街だって、世はバレンタイン一色になってんのに、悠人には関係ないんだ・・・。
俺にだって、一応付き合ってる奴ってのがいるんだから、他の奴らみたいにそいつからチョコ、貰ってみたいのになぁ・・・義理とかじゃなくって、本命用の、特別大事なチョコ・・・。

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