Commencement(9)
[瀬川竜巳(せがわ・たつみ)×秋本悠介(あきもと・ゆうすけ)]



言った・・・。
緊張が瞬時に解け、目の前が真っ暗になる。

なのに、悠介は、何も言ってはくれなかった。

長い沈黙が降りる。
玉砕したかと不安になった。
そうなったら、もう友達ですらいられない・・・!


「・・・・・・ぁの・・・ゆ、すけ・・・?」


緊張が解けたせいだけではない震えの中、必死に言葉を押し出した。


『・・・・・・』
「・・・あの・・・ごめん俺・・・」


不意に泣き出しそうになる。
耐え切れず、そのまま受話器を置こうとしたその瞬間、悠介の声が耳に届いた。


「・・・え、えっ?」


既に、受話器を耳から離していたせいで、その声は、ただの声にしか聞こえなかった。
慌てて訊き返す。


「悠・・・今、何て・・・?」

『いいよ』


短い言葉を繰り返す悠介に、いきなり涙が零れた。
それに、気配で感づいた悠介が、慌てたような声を出す。


『ちょ、ちょっと竜巳っ。泣いてんの?何で?』
「・・・ぅ、っく・・・っ」
『竜巳。竜巳ってば、何で泣いてんの?泣かないでよぉ・・・』
「・・・っ」


悠介の困ったような声にも返事が出来ない。
止まらないのだ。
その場に座り込んで、必死に目を拭う。


『竜巳。今から行くから。いい?待ってて?』


切れた電話を戻し、悠介が来る前に泣き止もうと嗚咽を一生懸命我慢する。
15分ほどしてからチャイムが鳴り、出ると、息を切らした悠介がそこにいた。


「ゆ・・・すけ・・・」
「竜巳・・・何で、泣いて、んの?俺、いいよ、って、言った、んだよ・・・?」


玄関で、肩で息をしている悠介を抱きしめる。


「ちょ・・・とにかく、中入れて?」
「・・・うん」


悠介の手を引いてリビングへ。
目を擦りながら、冷たいジュースを出してやった。
礼を言って一気に飲み干した悠介のグラスにお代わりを注ぐ。


「ありがと・・・ねぇ竜巳。泣かないでよ、頼むから。俺、いいよ、って言ったんだってば」
「解ってる・・・でも、止まらない、んだ」


へへ、と泣き笑いの顔になった。


「ずっと・・・ずっと好き、だったんだ。受け入れてくれるなんて・・・思ってもみなかったよ。ありがとう悠介。本当に嬉しい」
「・・・ごめんね、気が付かなくて・・・俺って鈍いからさ。全然、知らなかったんだ」


未だに目を擦っている竜巳の隣に移動した悠介が、躊躇いがちに竜巳を抱き、ぽんぽん、と背中を叩いた。


「泣くほど、辛かったんだ?」
「・・・絶対軽蔑されると思ってた」


小さく呟いたその言葉に、悠介が反応した。


「軽蔑?俺がお前を?そんな事、絶対しないよっ」
「でも・・・」
「馬鹿だな竜巳。俺がそんな事するわけないだろ?俺だって竜巳が大事なんだから。びっくりはしたけど、軽蔑なんて・・・見損なうなよなっ」
「・・・ごめん」
「・・・いいよ。ずっと悩んでたんだろ?あいこにしといてやる」
「・・・・・・悠介」
「何?」
「あの・・・キス、しても・・・いい・・・・・・?」


恐る恐るそう訊くと、少しの沈黙の後やっぱり、いいよ、と返事をしたのだった。

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