アメ or ムチ(3)
[藤川哲也(ふじかわ・てつや)×高宮蛍(たかみや・けい)]
肩をすくめた後で、一通り校舎内を見て回る。
学校というものは、どこも似たようなつくりなのだろうか、自分の母校と大して変わらない。
全部見てしまうと、さし当たって他にする事はなくなってしまった。
足の向くままふらふらと、校舎内から体育館へと続く渡り廊下に出る事にした。
「・・・何だ?」
ちょっとしたざわめきが、小さな風に乗って聞こえて来る。
それは、今自分がいる渡り廊下の先、体育館から聞こえて来るらしかった。
ふいに興味がわく。
急ぐ必要もない。
ゆっくり歩いて行って、見物人らしい人々の隙間から中を覗いてみた。
ヒュ・・・ッ・・・タンッ!
綺麗に決まった型から真っ直ぐに放たれる1本の矢。
何メートルも先にある的に見事に突き刺さり、ぴんと張り詰めた空気が、その一瞬にふわっと動く。
哲也の耳に届いたざわめきは、その瞬間のものだった。
弓道部の試合なのか、何人もの生徒が袴姿で動いている。
その中でも目立って小柄な生徒が、さっき哲也にぶつかって来た彼だった。
そのときの慌てぶりが嘘のように、落ち着いて的だけを見つめている。
周りのざわめきも聞こえていないかのようだ。
ヒュッ・・・!
自分のペースで的に当てていく、その清廉な姿に、哲也はすっかり心を奪われた。
目が離せない。
彼の呼吸のリズムさえも、手に取るように判る。
初めて見た弓道というものにも惹かれたのかもしれない。
ちょっと覗いてみるだけのつもりが、すっかり最後まで見学してしまった。
「・・・あの・・・」
「え?」
雰囲気にすっかり呑まれていた哲也に、声をかけて来た人間がいた。
我に返ってそちらを見ると、未だ袴姿の彼がそこに立っていた。
「さっき・・・すみませんでした」
改めて謝罪に来た彼に、哲也らしくもなく戸惑った。
「あ・・・いや、俺も不注意だったし」
「僕、高宮螢っていいます。あの・・・見てて下さったんですか?」
「ああ」
頷いた哲也に、高宮と名乗った少年はにこっと笑った。
初めて見る笑顔は、かなり幼いもので・・・さっき垣間見た、きっぱりとした雰囲気はどこにも見えない。
「お名前、何ておっしゃるんですか?」
「名前?」
「はい」
物怖じせずに口を利く。
部活とはいえ、武道をたしなんでいるせいだろうか、言葉遣いは中高生にしてはかなり丁寧だ。
背の高い哲也を見上げる格好で返事を待つ姿は、まるで、忠実な仔犬が飼い主のリアクションを待っているかのようで、哲也は思わず小さな笑みを浮かべた。
「藤川哲也だ」
「けーい!ミーティングー!!」
「あ、今行くっ」
後ろからの呼びかけに答えた螢は、哲也に向き直ってもう一度頭を下げた。
「行かなきゃ。藤川さん、じゃ、僕失礼します」
くるっと背を向けた螢の腕を、慌てて掴む。
「え?」
「あ、えっと・・・弓道姿。綺麗、だった」
咄嗟に出た言葉。
すると、ちょっとびっくりした顔をした螢が、次の瞬間破顔した。
「ありがとうございます」
じゃ、と手を振って、仲間の方に走って行ったのだ。