アメ or ムチ(2)
[藤川哲也(ふじかわ・てつや)×高宮蛍(たかみや・けい)]
「せ・・・せんせ・・・」
「何だ。何泣いてんだ?」
立ち竦んでいる螢の髪をくしゃっとかき上げ、入れよ、と促す。
鍵をかけると同時に、螢が哲也の後ろからしがみついて来た。
「螢?」
「・・・」
「ま、とにかく入れ」
靴を脱がす時も、部屋に入っても、ソファに座らせても、螢は哲也から離れようとしない。
「ほら、螢って。どうしたんだよ?」
「・・・」
「言ってごらん?」
「・・・って・・・具合、悪いって・・・聞いたから・・・」
「あぁ」
目線を合わせていた哲也が、そこでにっと笑ってみせた。
「しばらくゆっくり逢えなかったから、今日は絶対朝いちで職員室に行くだろう、とふんだんだ。で、俺が休みって聞いたら、きっとここに来るだろうと思ってな」
「・・・は?」
「1週間ぶりだしな。今日くらいいいだろ?」
「・・・・・・本気で、心配、したのに・・・っ」
目を潤ませて自分を睨んでいる螢に、初めて済まなそうな顔になる。
「悪い。でも螢に来て欲しかったんだ。学校だとなかなか2人きりになれないから・・・怒ったか?」
「・・・怒った」
「どうしたら、許してくれる?」
膝の上に抱いているせいで目線が高くなっている螢に、ちょっと首をかしげて訊く。
可愛くはないだろうが、少し甘えてみたのだ。
「・・・・・・キス。してく・・・」
最後まで言わせず、体をずらして螢の唇に自分のそれを重ねた。
軽く触れ合って離れたのは、螢の一番好きなキス。
「・・・許してくれる?」
「・・・・・・うん」
やっと見られた螢の笑顔に、心が暖かくなった。
哲也が螢と初めて逢ったのは、もう2年も前の4月だった。
新任が決まった中高一貫の私立学校に、始業式前の下見に来た哲也の前に、部活動中らしい螢が、ひょこっと現れたのだ。
「わ・・・っ」
「あっごっごめんなさ・・・」
袴姿で走って来た、その小柄な男子生徒を、前で抱きとめる形になって支えた。
「・・・走ってると危ないぞ。大丈夫か?」
「は、はい。すみません、急いでて・・・」
「部活か?」
「そうです・・・あっそれじゃ僕、急ぐので・・・」
「あ、おいちょっ・・・」
だが、その声は聞こえなかったようで、ぺこん、と頭を下げるなり走り去った彼は、振り向く事すらせずに姿を消した。