アメ or ムチ(1)
[藤川哲也(ふじかわ・てつや)×高宮蛍(たかみや・けい)]
楽しくて、でも長かった1週間の修学旅行が終わった。
翌日はさすがに疲れていて、1日家で過ごしてしまった。
そして今日、週も明けての月曜日、高宮螢は緊張しながら登校した。
副担任である藤川哲也に、1週間ぶりにまともに逢えるからだ。
哲也も旅行には参加していたけれど、ずっと担任と一緒でちっともゆっくり逢えなかった。
学校行事中だから仕方がない、と解ってはいたけれど、感情とはまた別物で。
何だかこの1週間で、恋心はまた育ったみたいだ。
登校して自分の席にカバンを置くなり、早速職員室に足を向けた。
副担任とはいえ教科は受け持っているので、彼の専門科目・化学の教員室に行けばちゃんと机があるのだ。
教員室は本校舎の3階にまとまっている。
走り出しそうになるのを懸命に我慢して、でも出来るだけ急いで教員室に向かった。
「・・・失礼しまぁす」
からから、とドアを開けると、そこにいたのは愛しい哲也ではなく、3年の化学を担当している教師だった。
立ち止まってしまった螢に、不思議そうな顔を見せる。
「何だ、どうした?」
「えっあ、はい。あの・・・藤川先生は・・・?」
「藤川先生?藤川先生ならさっき連絡があって、今日は具合が悪いから休むそうだ」
「えっ?!」
「な、何だ?」
螢の突然の大声にびっくりしたその教師が、目をぱちくりさせているのに気が付いて慌てて頭を下げる。
「ごっごめんなさい、何でもないです。失礼しました」
そのまま教員室を後にした。
(具合悪い・・・?)
哲也に、逢えない・・・。
ふらふらと教室に戻った螢に、クラスメイトが声をかける。
「高宮?お前真っ青だぞ?」
「・・・ちょっと・・・気持ち、悪い、かも・・・」
哲也の事が心配で、気分が悪くなって来た。
「倒れんじゃねーだろうな。大丈夫なのか?」
「・・・」
「帰った方がいいんじゃねーの?言っとくから、生徒手帳だけ置いて帰れよ」
「・・・うん」
一瞬迷ったものの、考えるまでもなかった。
彼に後を頼んで、螢はそのまま真っ直ぐに哲也の家に向かう事にした。
もう何度も行き来したマンションへ急ぐ。
何か起きてたらどうしよう。
まさか倒れてでもいて、助けが呼べない状態だったら・・・?
単なる風邪かもしれないのに、悪い予感ばかりが去来する。
朝のラッシュを、人なみとは逆に辿って行った。
哲也のマンションは、学校から電車で1時間ほどの郊外にある。
駅からはほど近いそこに、懸命に走った。
10階建ての最上階にある部屋に着いたと同時にドアホンを鳴らす。
いつもならすぐに返事があるのに、今日は何の返答もない。
「・・・どうしちゃったんだろ・・・」
大きくなって来た不安に泣きそうになりながらもう1度手を伸ばした時、内側からいきなりドアが開いた。
「お。来たか」
顔を出したのは、どこからどう見ても具合なんて悪そうには見えない哲也だった。