Although・・・(2)
[瀬川竜巳(せがわ・たつみ)×秋本悠介(あきもと・ゆうすけ)]
翌日、いつもは待ち合わせをして連れ立って登校するのに、悠介がその場に来なかった。
さすがに心配になって、家に電話を入れると、誰も出ない。
悠介の家は共働きだ。
悠介も出ない、という事は、先に行ったのだろうか。
遅刻、というのは考えられない。
朝が弱い悠介だけれど、母親が仕事に行く前に息子を送り出すからだ。
「ちっ、しょうがねーなぁ・・・」
一応、そこにある伝言板に、悠介へのメッセージを残し、学校に行ってみる事にした。
遅刻ぎりぎりで教室に滑り込むと、何と悠介が自分の席に既に座っている。
「あー悠介っ!お前、何でいんだよっ?!」
ふん、という感じで、竜巳の方には目も向けない。
「悠介っ。返事くらいしろよっ」
「・・・・・・」
自分の席に向かう前に悠介の所に行く。
だが悠介はそっぽを向いたままだ。
「・・・んだよ、まだ怒ってんのかよ」
周りのクラスメイト達が何事かと見守る中、悠介の横顔は完全に怒っている。
「ゆーすけちゃん?悠介?なぁ機嫌直してくれよ。謝るからさぁ」
「・・・・・・」
「悠介、ってばよ。なーなー」
「・・・・・・」
いつもなら、此処迄来れば、しょうがないな、という顔で苦笑しながらも竜巳を受け入れるのに、今日はその気配がない。
そうこうしている内に担任が教室に入って来た。
渋々自分の席に戻る。
「・・・なぁ竜巳。お前、何したん?」
竜巳の隣席の片山健一(かたやま・けんいち)が、出席を取っている間にこそこそと竜巳に耳打ちをして来た。
「何もしてねーよ。昨日はいつも通りデートしてさ。途中迄は機嫌、よかったんだよ」
「途中?途中っていつ迄?」
「えっち」
「・・・・・・何で?お前、何かやったんじゃねーの?秋本がああ迄怒るって珍しいぞ?」
「そりゃ解ってるけどさ。いつもなら一日経ったら機嫌直ってるし。何であんなに怒ってるんだろ」
前日、自分がした事には全く思いをはせていない。
席がそれ程離れていない悠介には、その会話は全て聞こえていた。
むかむかしながらも、ホームルーム中は必死に堪えていたが、担任が出て行った途端、くるっと振り返るなり竜巳に怒鳴った。
「何で俺がこんなに怒ってんのか、お前解んねーのかよっ!!」
いつもの悠介の口調ではない。
かなり頭に来ている証拠だ。
本日初の悠介の台詞がこれで、クラスメイト達が息を呑んでいるのが判る。
「解んねーよ」
「馬鹿っ!!」
昨日から聞かされているこの言葉に竜巳は顔を顰めた。
「お前、理由も言わねーで昨日から馬鹿馬鹿って・・・俺もさすがに傷付くぞ?
恋人に対する呼び掛けじゃねーだろ、それ」
「・・・・・・」
それに対しては何も言わずに、足早に竜巳の所迄歩く。
目の前で立ち止まり、そのまま平手で竜巳の頬を叩いた。
・・・パァン----!!
痛そうな音が響き、空気が張り詰める。
誰も何も言わない中、殴られた当の竜巳でさえも、何が起きたのか咄嗟に理解出来ない。
「・・・竜巳なんか大っ嫌いなんだから!」
そう言い捨てて、皆を凍り付かせた悠介は、教室を飛び出してしまった。
殴られた左の頬に手を当てたまま固まっている竜巳に、健一が再び聞く。
「なぁ。お前、本っ当に何もしてない訳?」
「・・・してない、と、思う、けど・・・」
ちょっと考えてから呟いた。
「でもありゃ、本当に完全に怒ってんぞ?とにかく、謝っといた方がいいんじゃねーの?捨てられちゃうよ?」
「それはない」
「本当にそう言い切れるのか?大嫌い、って言ってたじゃんか」
間髪を入れない答えを返す竜巳の自信に水を差す。
「う・・・」
確かに・・・。
追いかけた方がいいのかも・・・と思い始めた時、始業のチャイムが鳴り、同時に悠介が戻って来た。
「悠・・・」
駆け寄った竜巳を押しのけて、自分の席に真っ直ぐに向かう。
「おい、悠介・・・」
「授業始まるだろ。邪魔だからどいてよ」
前方を見据えたまま吐き捨てる。
「なー、謝るから許してくれよ。頼む、この通りっ」
「・・・・・・」
「お願いしますっ」
一応形ばかり頭を下げた恋人を見ても、悠介の頑なな表情は変わらない。
「・・・何で俺が怒ってるか、お前解ってんのかよ?」
「・・・・・・」
声には出さないが、この沈黙が答えだ。
「・・・じゃ絶対許さないっ」
頑固に繰り返す悠介に、はー、と溜め息をついて肩を落とし、席に戻った。