屋久島〜霧島


屋久島
例年、GWは沖縄に行っていたのだが、今年は長年の懸案であった屋久島にターゲットを絞ってみた。
準備はいつものごとく泥縄であり、二週間前に飛行機のチケットを手に入れたが、宿泊は全く予約不能。 幸い、屋久島は登山客が多いこともあり、キャンプ場は結構ある。GWなら気温もそこそこで問題ないだろうということで、 キャンプ場でテント生活というプランにしてみた。
ちなみに、屋久島は島内移動が不便で、おもにレンタカーが使われるとのこと。 直前に手配をしようとしたが、こちらも全くどこのレンタカー会社もすべて予約満車で、手配不能であった。
ということで、全く準備不足の状況で出発した。

羽田発13:00発の鹿児島行きJAL1869便が15分遅れで出発。15:00過ぎに到着。16:50に鹿児島から屋久島行きJAC3755便で、17:25に屋久島入りした。 途中、機内から写真左のように桜島が見えた。

どこにでも似たような無謀な奴はいるもので、空港についたら、携帯でレンタカー屋のキャンセル待ちを期待して片っ端からひたすら電話している若者がいた。 もちろん、やはりだめそうであった。。
しかし、私はバスを使えば何とかなると考えて、はなから無駄な手配はせず、空港から17:49のバスで宮之浦に向かった。 宮之浦観光センターに到着し、キャンプ場の使用料(一泊500円)を支払い、翌日の登山届けを出した。


観光センターからキャンプ場はやや離れており、歩いて30分かかった。トイレ、シャワーと炊事の出来る施設がついた文字通りキャンプ場で、テントがすでに10数張りは張ってあった。 曇っていたが、雨は降らず、気温は20度近くあり、TシャツでOKであるので、テント暮らしでも非常に快適である。
明日は、キャンプ場の近くから朝5:06に縄文杉に行く荒川登山口行きのバスが出るので、登山用の食事、夕食の買出しを近くのコンビニでしてから早めに就寝した。



縄文杉登山

予定通り、早朝起床し、朝5時にバス停に行くと、いくら待ってもバスが来ない。 停留所の掲示を見ると、なんと荒川登山口行きのバスは5月2日ー4日は全面運休とのこと。前日に観光センターで確認したときにはバスでいけるということだったので、 よもやそんなことがあるとは思っていなかったが、おそらく観光センターの職員も把握していなかったのだと思われた。
だからといってここであきらめるわけにはいかないので、ちょうど同じように間違ってバス停に来た熊本の3人組と一緒にタクシーを手配して、登山口にいくことにした。 もちろん、タクシーも手配が大変だったがなんとかなり、値段は片道8000円。4人で割ると一人2000円程度。バスも結構高く片道1000円以上かかるので、まあそれほど高いわけでもない。
GWのピークは一般車両は荒川登山口に入れず、屋久島自然館までで止められ、そこからはシャトルバスで登山口に行くこととなる。そのバスが片道670円である。 しかし、幸いなことに、タクシーの場合直接登山口まで入れる。時間的にはバスだと宮之浦から片道1時間半。 タクシーだと4-50分でつくので、宮之浦を5時45分頃に出たが、結局登山口には6時半前につき、時間的ロスはほとんどなかった。


登山口に着いて早々6:25に登山を開始した。初めは写真のようなトロッコ道をだらだら登っていく。といってもトロッコ道の傾斜はたいしたことはない。

出発はやや遅めであったため、すでに多くの人達が登山を開始していたが、年寄りや家族連れも多く、登山道はやや渋滞気味である。
三代杉(同じ場所に次々三代に渡って杉が生えている)を超え。トロッコ道を終え大株歩道に入る分岐に着いたのが8:12であった。

標準時間は、ここまで120分とされているので、この時点までは10分程度早いペースであるに過ぎなかったが、ここまででも100人近くの人たちを抜いていった。

ここから、登山道は急に本格的な山道となる。傾斜もきつくなった。ようやく本格的な登山という感じ。登山届けが必要なのも分かった。
そして、 まず、到着したのが、ウィルソン株(写真右)。ここは水場でもあり休憩スペースとなっている。
1914年アメリカの植物学者ウィルソン博士が屋久杉を調査した際に名づけられ、1586年に豊臣秀吉が京都方広寺の大仏を作る際に伐採した切り株とされている。 非常に大きな切り株であり、樹齢4000年だそうである。
ここで小休止した後、とにかく先を急いで、どんどん登って行った。

この先は、アップダウンの激しい山道となる。それらしい杉の林に突入していき、周囲にやや靄がかかってきたため、雰囲気的にも神秘的な風景となる。
そして、大王杉という樹齢3000年の大きな杉に到着(左)。
ここは縄文杉発見以前は屋久島最大の杉だったそうで、樹高は24mあるという。
急斜面の途中で見えるので、ちょっと一息ついてさらに登った。
その後、夫婦杉(写真右:これは文字通り寄り添うように立つ二本の杉)を超えて、さらに登っていった。
そして、最終的に縄文杉に到着したのが、9:32であった。


縄文杉は、樹齢7200年とも言われる屋久島最大の杉であり、この登山のメインでもある。
杉の保存のために、展望台から眺める形になり、近くにはよることができない。 ちょうど、写真ように靄がかかった状況となり、それはそれで雰囲気がある。

着いてしまえばあっけないが、片道登山時間が3時間7分。標準時間が4時間とされているが、大株歩道から縄文杉が2時間とされているので、後半ののぼりで 時間を稼いだと思われる。
運動不足のため、体力的に少し心配していたが、まだそこらの人には負けないことがわかって安心した。
GWのため人出が多いのだが、登りでかなり先頭の方になったので、渋滞の場所からはずれた位置にいることとなり、 下山は集団から外れてゆったり降りれそうである。



下山時、天気は曇りを維持していたが、やや雲行きが怪しくなってきた感じがあり、一雨来そうな感じであった。 なにせ屋久島は雨が多いことで有名な島であり、雨具は持ってきたものの、山中で降られるのはやはりちょっと避けたいので、結局下りも少し急いで降りることにした。

下りは渋滞している登りの登山者をやり過ごしながら、降りていった。自分と一緒に降りていく人たちは、前日山中でキャンプをしていた人達が多く、 日帰りのグループとは明らかに違った装備をしている。

夫婦杉、大王杉と行きに見た杉を再びたどって行き、ウィルソン株で昼食とした。行きと違い休憩している人数も少なくなっていて、静かだった。
この頃になると、新たに登ってくる人たちは、日帰り登山客ではない人か、相当遅いグループのどちらかになり、すれ違いも少なくなった。 やはり、GWの日帰り渋滞登山は、大集団とペースを変えて動くのがポイントである。

ウィルソン株から、再び降りて、翁杉(屋久島第二の巨樹で幹周12m)を通過(写真右)、再び大株歩道の入り口まで戻った。 登山的には、ここまでで終わりという感じで、後のトロッコ道はおまけのようなものである。
トロッコ道に戻ってきたときは、もうすでに登りの登山者もなく、前後全く人がいない状況となり、ようやくのんびり登山を楽しむ環境ができた。
残念なのはこのあたりから小雨が降ってきたので、下山を急がなくてはならなくなったこと。やはり屋久島の天気は、侮れない。
最終的に、登山口まで戻ってきたのは、13:11。休憩を含んで、総登山時間が6時間46分であった。さすがに日帰り登山で、この時間に戻ってきた人は、わずかであり、 出発は遅かったが、帰ってきたのはほぼ先頭だったようである。
本来、縄文杉からは、宮之浦岳に縦走出来て、本格的な登山者はそういったルートを取る。 標高も宮之浦岳の方が高く、植生も変わってくるので、時間があれば行くべきであったと思う。

(ちなみに、千尋の滝で沢登り中に3名の方が遭難したのは、この翌日である。やはり山の天気は侮れない。)

あまりに早く帰ってきたので、帰りのバスがなく、これはちょっと困った。 タクシーはなく、シャトルバスは午後4時なので、このまま登山口で時間をつぶすのは時間が勿体ない。 実は携帯電話が、縄文杉では使えるので、縄文杉でタクシーを手配して、下山の時間にあわせて待っていてもらうということも出来たのだが、 残念ながら山中で使えるのはDocomoだけで、auは使えない。私はauなので、この手は使えなかった。
しかも登山口では携帯が全く使えないので、連絡の取りようはない。

だからといって雨も降っているので、歩いて下まで降りるのも大変で、距離も半端ではない。数台、もとから手配していたタクシーが来たが、相乗りするスペースがなく、 きたタクシーの運転手に、別のタクシーを頼んでみたが、タクシー自体が出払っていて、手配出来ないとのこと。GW真っ只中であるから仕方がない。 結局、バスがくるのを待つことになる。
幸い、そのうち次々と日帰り登山者が降りてきて、2時半ころには結構な人数となった。そうなると、バスのほうもちょっと早めに運行するということになり、 4時のバスが、繰り上げて3時に出発することとなった。

登山口から、屋久島自然館まで、実は10km近くある。途中、サルの集団に出会った。(写真左)
下まで来ると、雨も止んでいた。シャトルバスは自然館止まりなので、あとは、安房まで歩いて降りて、通常のバスにのり宮之浦に戻る。 宮之浦まで820円かかり、シャトルバスの670円と合わせると1490円。20kmの距離を考えると仕方がないが、屋久島のバスは高い。

夕方にはキャンプ場に戻る。行きに一緒にいった熊本のグループも同じキャンプ場にいた。同様の動きをする人たちは、考えることが同じである。
無計画な人たちは、自分以外にも結構いるようで、この日夕方キャンプ場からコンビニに行く間に、宿を捜している旅行者にあった。 荷物を持ち歩きながら、どこか空いている民宿はないかと私に聞いてくるので、キャンプ場なら空いていると教えてあげたが、どうもキャンプする気はないようであった。 そのまま、携帯で片っ端から電話をしていたようだが、その後彼が宿を無事取れたかどうかは知らない。
こういった人もいるんだから、私なんかは十分計画的な旅行者なんだと思った。




霧島


三日目は、最終日。飛行機は11:30に出るので、やれることはほとんどない。テントを撤収して、宮之浦の観光センターで土産物を買い、食事をして、 近くにある環境文化村センターに行ったら、もう時間となった。そのまま、空港に行き、11時30分の飛行機に乗った。

鹿児島には12時すぎに着く。これで、羽田に戻ったらおしまいなのだが、今回は、少し航空機のチケットに手を加えて、鹿児島出発を最終の19:30にしていた。
つまり、乗り継ぎ時間で、鹿児島観光も出来るというわけである。
鹿児島といっても、桜島くらいしか知らなかったので、市内にでて桜島にでも行こうかと思っていたが、機内でガイドブックを見ると、 鹿児島空港はかなり辺鄙なところにある。
鹿児島市内まで1時間くらいかかるのだが、実は観光地である霧島のほうが空港からは市内に行くより近いということが分かった。
そうなると、鹿児島市内に行くよりも、霧島に行ったほうが良いだろうということで、急遽霧島観光をすることにした。
実は、屋久島は霧島屋久国立公園に属しているので、両者は無関係ではない。今回の旅行としても、完結するので、なかなか良いアイディアであった。


空港でレンタカーを手配し、早速霧島へ向かった。 国道223号でおよそ4-50分で霧島の丸尾につく。そのまま硫黄谷へ登っていった。(写真左)
ここでは硫黄特有のにおいが漂い、この近辺のホテルの一帯にも同様に硫黄ににおいが広がっている。
周囲はやや霧がかかってきたが、さらに、登っていき、とりあえず、霧島山に行ってみることとした。

霧島山のメインは、韓国岳と大浪池である。霧はますます深くなってきたが、大浪池登山口に到着。前日の屋久島登山の筋肉痛が残っていたが、 40分ほどで登れるとのことなので、やや小雨のなか準備のなしに突然の登ることとした。
登山道は、整備されており、たいした傾斜でもなかったが、天気が悪く、数人しか登っていないようであった。
とにかく、先を急ぎ、またまた猛烈な勢いで登っていくと、およそ20分ほどで終点についた。
しかし、残念ながら、写真右上のごとく、すっかり霧に覆われ、肝心の大浪池は全く見えず、ただただ、白い景色が広がっていた(写真右上)


雨がだんだん強くなる中、さっさと下山し、丸尾まで戻ってから、霧島神宮方面に向かった。
途中、道の駅で黒豚のトンカツ定食を食べ、霧島神宮に着いた。(写真左)
霧島神宮は、長い石段の上にあり、「ここまできてまた登りか」とも思ったが、普段の運動不足を補うべく、疲れた体に鞭打って登っていった。
霧島神宮の本殿は朱塗りのきれいなつくりで、国の重要文化財にも指定されているそうである。

雨の登山の後で、濡れたこともあり、せっかく霧島にきたので、霧島温泉に行こうと考えた。 そして、223号を霧島神宮から丸尾に向かう途中に、さくらさくら温泉という温泉(写真右)があったので寄ってみた。
入浴料が500円で、タオルが200円。全く手ぶらでも入れた。
雨の登山後の温泉は最高であり、これは大満足であった。登山はいまいちだったが、これだけでも十分である。

あとは、丸尾に戻って、丸尾の滝(写真右)を見てから、空港に戻る。 空港ビルでも枕崎のカツオと紫芋ビールを飲み、鹿児島の食も堪能、19:30羽田行きで戻った。


今回の旅行は、国内でも、ピークの時に人気のエリアに行くのは、大変だけど、 その気になれば直前でも何とかなるということがわかった点で収穫がありました。
ちなみに、今回の旅行、食に関しては下の写真。左から、枕崎のカツオと紫芋ビール、鹿児島黒豚のトンカツ、屋久島のかめのてラーメンです。