京都
京都
東本願寺〜だいや旅館
京都駅に降り立って、駅の観光案内所で宿を紹介してもらった。
だいや旅館(写真左)、一泊素泊まり3500円である。
東本願寺(写真右)の近くにあるこの旅館は、駅から歩いて5分。
修学旅行シーズンと学会が重なって市内に宿をとるのが難しいと言われたわりにはあっさり取れた。
このあたりは、安い旅館が多く、外人バックパッカーや、若い日本人旅行者が多く泊まっている。
駅からも近いので、なにかと都合が良い。
古い宿ではあるが、京都という雰囲気には合っているので、私は十分気に入った。
三十三間堂〜豊国神社〜耳塚
宿について、早速観光に行こうとしたが、どこがお勧めか宿の人に聞いてみたら、
近場では三十三間堂、豊国神社、方広寺、あたりが良いというので、宿から東側に歩いてまず国宝、三十三間堂に行った。
三十三間堂の千体観音は残念ながら撮影禁止だったので、写真はない。
三十三間堂から国立博物館、豊国(とよくに)神社をへて、方広寺に行った。
豊国神社は豊臣秀吉が祭られている神社である。その近くにある方広寺には耳塚(写真右)がある。
これは、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に手柄として、敵の首を取るのは大変なので、耳や鼻をを取ってきたそうで、
それらが秀吉の命によりここに埋葬されているとのことである。恐ろしい話である。
知恩院〜円山公園〜八坂神社

方広寺から五条大橋のあたりをうろうろし、たまたま入った立ち食いそばやの主人に、秋の京都のお勧めを聞いたところ
、知恩院、円山公園、のあたりはどうかというので、言われるがままに行ってみた。
鴨川べりを北上し、団栗橋のあたりから東側に入ってくと、八坂神社(写真右)に至る。
八坂神社から円山公園に入る。
この辺は本来紅葉の際はきれいなのだろうが、残念ながら10月半ばはまだ紅葉には早かったようだ。
公園内をつらつら歩いていくと、知恩院に着いた。
知恩院は浄土宗総本山であるだけあり、馬鹿でかい。
写真の御影堂(みえいどう)は重要文化財で、なかには4000人入れるそうである。
せっかくなので、方丈庭園にも行ってみた。
三代将軍家光公お手植えの松なんてのがあるのは時代を感じさせる。
御影堂は1639年、方丈庭園は1641年に造られた。
ちなみに、三十三間堂は1266年から700年間保存されているというのだから、西洋の古城などとはレベルが違う。
やはり京都はあなどれない。
南禅寺〜永観堂〜(哲学の道)〜銀閣寺

知恩院の続きとして、蹴上から南禅寺(写真左)に行った。
南禅寺は臨済宗南禅寺派の大本山で、派手さはないが、規模は大きい。。
南禅寺境内の少し外れた場所に水路閣がある。
明治23年に竣工した疏水事業だが、日本人のみの手で
設計、竣工されたもので、わが国の土木技術史上極めて貴重なものだそうだ。
京都市指定史跡に指定されている。
南禅寺から次に永観堂に行った。永観堂は禅林寺と号する浄土宗西山派の総本山である。
もみじの永観堂と言われ、紅葉シーズンは賑わいを見せる。
紅葉は時期的にまだ始まったばかりだったが、庭園の美しさは際立つ。

永観堂から哲学の道に入り銀閣寺を目指す。
哲学の道(写真左)は若王子橋から銀閣寺橋までの1.8qにわたる疏水べりの小道であり、
哲学者西田幾多郎が思索の道として散策したことからその名がある。
この距離は確かに長過ぎず、短か過ぎず哲学には適当かもしれない。
途中、法然院を経由して、銀閣寺に行った。
銀閣寺(写真右)は慈照寺という臨在宗相国寺派の寺で、鹿苑寺金閣と同様、銀閣寺というのは俗称である。
しかし、パンフレットにも銀閣寺として記載してある。
中は東山文化の特徴である侘び寂びの世界であり、渋さが光る。