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ひめさんの旅行記 "Puerto Ricoに行ってきたよ" (2)
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03年12月27日 人生の中で、最高のコンサートを経験するの巻 ―でも、お腹もよじれるぞ― |
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朝はお天気。どうせ後でにわか雨がいやっちゅうほど降るんでしょうよ。 今朝もダイニングテーブルで日記なんぞをしたためていると、朝ご飯が運ばれてまいります。3人の朝食の後、今日もいろいろ話を聞いてます。 おうちのプールで一泳ぎして、お昼寝していた私。起きて耳にしたグッドニュースは、今夜Giovanniがゲストで出演する、Lucecita Benitezのコンサートのチケットが取れたということでした。うわぁい。実は、恥ずかしながら今回ここに来るまで、彼女のことは全然知らなかったのです。(いや、ほんとに恥ずかしいな、これ。)でも、Giovanni曰く、彼女は素晴らしい―と。 午後7時。PolloのPastelesを食べてから、車に乗り込む。3人でコンサートに行く途中、兄貴分の友達のうちへ寄り道です。そう、GiovanniはPuerto Ricoでは英雄。兄貴分が、自分の友達を彼に会わせてあげようという意図のよう。が、しかし、時間が早かったのでまだパーティーは準備中でおうちでママが一人でお料理。フライパンでは黒々としたMorsillaがぐつぐついってます。なんだかいろんな物が並んでる。で、ここでもハイネケンが出てくるのでした。 |
![]() Lucecita Benitez |
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会場のスタッフ用駐車スペースに停めて(ほら、Giovanniも一緒だからね)会場へ。んまー、皆さま盛装といっていいくらいの格好でいらっしゃいます。紳士淑女のみなさま。私は―ジーンズですわ。でもね、上はお手製のPuerto Rico旗Tシャツなの!だから許して! 会場で「あー、Puerto Ricoだなー」と思うのは、それぞれが席に着くときに近くの人に挨拶して、世間話なんかを始めるところ。好きだな、こういうの。それが変な人だったら嫌だけど。 |
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Lucecita Benitez "Un Regalo" |
Lucecitaの声―Voice Of Internationalと呼ばれているという。コンサートの間で、何度鳥肌が立ったかわからない。それも、爪先から波が走るような、そういう全身が震えるような声。一曲目の"Gracias a la Vida"の一フレーズ目で電流が走ったもの。会場のあちこちから、一緒に歌ったり、合いの手が入ったりしていたけれど、わたしは声がだせないくらいだった。 初めて彼女の歌を聴くのが、生で、Puerto Ricoでだったなんて、なんという幸運だったんだろう―と今更ながら感じます。日本にも来てくれないかな。誰か呼んで下さい。本当に。お願いします。 |
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そのコンサート、感動だけでは許されません。お腹が痛くなるくらいに笑わせられもしたという。犯人はSeno~r Giovanni Hidalgo。実は、会場に入る前に彼は一つ約束をしていったんです。彼が日本に行ったときに、ある居酒屋で、何を言っても「あっっ!」 (この"あ"には濁点がついています。ああ、あの口調と表情を文字で表現するのは、困難を極めますね。聞いてみたい方は、いつか、万が一私に会うことがあったら、言って下さい。目の前で演って差し上げましょう。無料です。) と返事をするスタッフがいたらしく、何度もその真似をするのです。 で、私達の間でこれを言うのが突如ブームになり、用もないのに相手を呼んでは「あっっ!」とだけ言って去っていくとい行動を30分に一回はやっていたんですね。で、Giovanniはいい放ちました。―今夜のLucecitaのコンサート、第二幕目がコンガソロで幕を開ける。その時に、「あっっ!」と叫ぶ―と。 で、それを本当にやったわけですよ!しかも2回も、マイクに向かって叫んでんの。いっちばん後ろの席の真ん中に座っていた私達2人、もう必死に笑いをこらえるべく、悶えてました。かなり苦しかった。 さて、感動と笑い(これは私たちだけ)のコンサートが終り、出待ちする。と、そこへ通りかかる、今回のコンサートの出演者を次々に紹介してくれる兄貴分。そんなにいっぺんに人を覚えられないってば。覚えてるのはベーシストのJunior。彼も、日本人だと聞くや否や「リエ アカギは知ってるか?」と。そういえば、彼には「君もMusicoなのか?」と聞かれ、「ええ、そのうち。」という訳の分からない返事をする私。この滞在中にMusicoなのかと何度聞かれたことか。いいえ、私はただのクラブで遊んでいる人。 「あっっ!」と無事にGiovanniを拾って、行き掛けに寄ったお宅へ再び。今度はみんな大集合。リビングではみんなで楽器を出してきて歌ってる。「これ、パランダだよ。」ほうほう。これか。ふーん。面白い。 またもやたらふく(って、こういうことを言うんだよなーなどと思いながら―)Puerto Rico料理を食べ、Coquitoをスタートにビールを飲んで、そして帰り道も「あっっ!」の合唱。 そして、今日も完全に午前様。「あっっ!」 |
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03年12月28日 Conquistadorへ。 LuquilloでBachataを踊らされるの巻 |
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シンバルの蓋なら 蒸気抜きの穴もあって便利!? |
今日で3人の朝ご飯は最後です。Giovaは今日フロリダへ戻るのです。今朝は豪華版、スパニッシュオムレツ、Tortillaをつくってくれます。 でも、あの、いくらフライパンの蓋がないからって、シンバルを蓋にしたり…。そうやってその辺にシンバルが転がってるところが、ミュージシャンのおうちだなーと思いながら相棒Nikon FM10でコンロの上のシンバルを撮影。
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ConquistadorにあるWyndham hotelのラウンジでの兄貴分達の演奏に、本日も付録となる。Giovanniと再会の約束をしてから車に乗り込む。Conquistadorまで1時間と少し。 途中いつものように通り雨。そして、その後にとても大きな虹が出ていた。その日は虹を3つ。欧米では6色だと数える虹の色を日本では7色だと数える話なんぞをしなかがら車を走らせている―と、あーあ、ひいちゃったよ。イグアナくんでした。合掌。 |
Giovanni特製Tortilla |
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El Conquistador からの眺め |
大西洋を眺めながらホテルへ。おお、でっかいカジノがあります。中ではアメリカ本土やヨーロッパからだと思われる観光客でいっぱい。中庭のプールでも、英語ばかりが聞こえます。ふーーんリゾートなのね、などと思いながらロビーに戻ると、チョコレート色のベルボーイがにぃっこり笑いかけてくれて、突然和む。また、この笑顔が人懐っこいんですもん。遠くで、子供のとんでもない叫び声がすると思ったら、ロビーの中央に大きな檻があって、どでかいオウムが飼われているのでした。「ンギャァー」。 Millo Torres y 〜ではドラマーな兄貴分ですが、本日はビブラフォニストです。同じくMilloバンドのギタリストEdwinと2人です。曲目は、スタンダードなラウンジ音楽。ジャズからボサノヴァ。途中子供のリクエストに答えて、きらきら星なんかも弾いてみたり。フロアでは女の子が、男の子を振り回しながら踊ってます。私はEdwinの奥さんと2人、ロビーでぐで〜〜っと寛いでおります。ああ、リゾート。いいのよ、ビーチじゃなくても。このぐで〜っ具合が"ばかしおねす"なんだから。外はまたもや雨ふり。
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夕方、帰りにLuquilloのビーチ沿いの屋台に寄り道です。 Taco de Camaronesとハイネケン。ハイネケンは栓を開けた途端凍っていくらいに、よーく冷えてます。うまっ。 兄貴分、ここのおじちゃんと仲好しらしく、いろいろ話しています。と、突然話しは私のことに。「彼女、Salseraなんだが、自分ではBachateraだって言ってる。」というようなことを言っている様子。そう、東京では、あまりにもみんなが「さるさ、さるさ」とばかり言うので、天の邪鬼になっちまってたわけです。(誰かが『サルサクラブ』と口にしようもんなら、『ラテン系のクラブ』といい直させるくらい。『日本のサルサ界』 なんて発言に対しては、『じゃ、私は日本のバチャータ界とかメレンゲ界とか作ろうっと』なんてことを言ってみたりしている。) が、計算外だったのはこのおじちゃん、Dominicanoだったんですよ。私のBacahtera発言に喜ぶおじちゃん。果ては「踊れ」と顎をしゃくる始末。焦った私はそのときかかっていたのがSalsaだったのをいいことに、「音楽ないのに?」と逃げた― つもりだったんですが、甘かった。「ぶえの。」と一言言って、ジュークボックスに歩み寄る。あ、あ、あ、あ、これはFrank Reyes、Tu Eres Ajena ではありませんか。おじちゃんに、カウンターの中からにこにこ見守られながら、Puerto Ricoに来てまでひとりばちゃーた。どこ行っても、やってることは一緒だ…。
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LuquilloのKiosko |
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今夜もViejo San Juanへ。 Mi Papa Noelとの感動の再会の巻 San Juanに戻って、今夜もOld San Juanへ向かいます。それにしても、駐車場所がありません。何度もぐるぐる同じところを走り続け、やっと車を停めます。 今日は日曜日。"Rumba"でBombaがあっているはず。前回の滞在で、Isla Verdeから一人Guaguaに乗って来て、人に尋ねながら"Rumba"に辿り着いたのは、どうしてもBombaを観たかったからだった。 と、あっていたのはCacheteのRumba。いや、これまた最高に楽しい!Cuba人も何人かいて、「これはCubaの音楽だ。その踊り方はどこで覚えたんだ。」としつこい。Cubaには行ったことがない、と言っても、「でもこれはCubaのだ。」と…知ってるってば。適当に踊ってるだけだって。 |
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さて、DJタイムに入ります。Salsaです。今日はPuerto Ricoな音で踊ります。と、横で見ていた兄貴分が私のほうをみて、私の背後を指差している。???。 「Papa Noe〜〜〜〜〜〜l!!!」それは私のサンタクロース。思いっきり抱き着いてしまった。 は前回、ここ"Rumba" に一人で遊びに来たときに仲良くなった、白いおひげのBoricua。今回、Puerto Ricoに来るのを決めたとき、連絡しようかと思ったのですが、絶対にこの"Rumba"か"Newyorican Cafe"で会えるという確信があった私、サプライズを決め込んだのでした。到着したその日から、きょろきょろ探していたんですが、やっと会えたーー。感動です。 |
Papa Noel |
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お、そろそろライブ再会。Mi papa Noelもステージに上がっていきます。あれ?あ、彼も後ろの方で叩いていたのでした。そして、なにやらCacheteに耳打ち。はい、やっぱり「この曲は、そこにいるはぽーねさに。」と。ぐらーしあ。途中、「ミナサーン、タノシンデマスカー。モリアガッテイキマショー。」と叫ぶCachete。嬉しいけど、私しかわかんないってば。後でPablito Rosarioにその話しをしたら、彼は日本語はその言葉だけを話せるんだ、と言っていた。あは。 | |||
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| 12月25日・26日 | :Puerto Rico到着/Giovanni Hidalgoとの出会いの巻/Joe Santiagoとの再会の巻 へ | ||
| 12月27日・28日 | :人生の中で、最高のコンサートを経験するの巻 /Conquistadorへ。 LuquilloでBachataを踊らされるの巻/今夜もViejo San Juanへ。 Mi Papa Noelとの感動の再会の巻へ | ||
| 12月29日・30日 | :初めてPailitasの演奏を聴く、の巻/愛するMofongoにやっとありつくの巻/牛、牛、牛、牛…・犬、犬、犬の巻/Anthony Carrilloと出会うの巻/Politoのクラーベ教室の巻へ | ||
| 12月31日 | :Guayamaへ、癒しの道を辿るの巻 へ | ||
| 1月1日 | :Feliz an~o Nuevoと空港の悲劇の巻/悲劇の結末はの巻 /素敵な訪問者の巻 | ||
| 1月2日 | :またもや素晴らしい偶然と、やっとお出迎えの巻 /San Juan観光の巻/Man~engueのおうちで男ばっかりのパーティーの巻/久々Bomba!の巻へ | ||
| 1月3日 | :El Yunqueの巻/絶品の夕日の巻/Viva Heineken!の巻へ | ||
| :再びMi Papa Noelとお出かけの巻/三賢者の日のお祭りの巻/ Caribeの夕日の巻/Don Rigoのお誕生日の巻/さて、帰りますの巻 | |||
| 1月5日 | :でも、日本もいいぞ。寒いけど へ | ||
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