Mofongo's 100% PUERTO RICO - Borinquen te llama -

ひめさんの旅行記

"Puerto Ricoに行ってきたよ" (1)

03年12月25日 年末で忙しい上司を尻目に飛び立つの巻

そんなこんなで迎えた2003年クリスマスのその日。前回使わせていただいたコンチネンタルのスケジュールが大幅に変わっていて、もしコンチネンタルを使うとなると異常に時間のロスが多くなることが発覚。ちっ、マイレージ無駄になっちまうぜ、と思いながらも今回はアメリカン航空0168便でJFK、続いて1751便でSan Juanへと飛ぶスケジュールを選択。San Juan到着は現地時間12月26日01:01AM。―そう、このスケジュールが、後の悲劇を生むのです。

スーツケースを引きずって会社に出勤。早退して、そのまま成田へ―

いつものように一番後部窓際座席を確保した私。機上からご機嫌に日の出と日の入りを堪能して、JFK着。出発ゲートにいくと・・・わらわらわらわら。って、まだ出発まで2時間弱あるんだよ。・・・聞こえてくるのは、ほぼ純度100%スペイン語。それも"S"なしの、ね。ここから既に島の空気が満ちております。みんな里帰りにはラテンタイムは適用されないのね。 定時に出発。中央のスクリーンでは"ファインディング・ニモ"なんぞをやっておりますが、心はやる私、そんなものを見ている余裕はあるわけない。心は既にかの地・・・。てのは単なる言い訳で、英語だけじゃあんまし意味がわかんないんですよ、わたし。


03年12月26日 Puerto Rico到着

さて、日付もかわり、午前0時半ごろにSan Juan着。もちろんお約束の拍手は盛大でした。初回はちょっとびっくりしたけれど、今回は私も参加。 わーーい、Puerto Ricoだよ、ぷえるぅと りぃぃこぉぉぉ!!

外に出た途端に汗ばむ―そう、ここは亜熱帯。突然邪魔になるコート。 さてと、今回の宿泊は兄貴分のうち。「Hola, hermano. I'm San Juan air port!」 「What??? 空港!?今?だって、明日だろ?」って・・・。そう、彼はてっきり27日の午前1時だと思い込んでいたんですね。ま、紛らわしいの確かだけれど。 幸い、お酒もはいっていなかった兄貴分(でも、後にみんな飲酒運転しまくりな場所だというのはすぐに分かりました。うーん・・・)がすぐに迎えに来てくれたのですが、この勘違いを彼は後々まで人に語っておりました。ま、予想される事態ではあったけれど、だから日本から何回も確認の電話をしたのに。

さて、スーツケースを積んだまま、彼のNissanでOld San Juanへ直行。金曜だし、誰かのライブが―とRumbaへ。あ、やってますやってます。Polito & Charanjuntoです。が、時間も遅かったので、すぐに終ってしまいDJタイムに突入。かかったのは、「Charanga Habanera」でありました。しかも延々とね。曲はくーばでも、Puertorriquen~oと踊ります。もちろんです。踊らずにいられるかい。 こうして到着一日目から、踊りまくる私。


(左)Polito (右)Rigo

Millo Toress y el Tercer Planeta "En vivo"
Giovanni Hidalgoも参加のライブ盤

で、兄貴分(ああっと、紹介がおくれましたが、彼はMillo Torres y el Tercer Planetaというスパニッシュレゲエ&スカのバンド http://www.millotorres.comのドラマーなのです) のうちに帰ると・・・そのうちの一室ですやすやお休み中なのは、なんとあのGiovanni Hidalgo! 確かに車の中で彼のことを知ってるか、というのを兄貴分に聞かれたような気が、しなくもない。おおおお。

と、長時間のフライトの疲れか、Coquiの声を子守り歌にベッドに倒れ込む・・・・

Giovanni Hidalgoとの出会いの巻

夢も覚えていないふかぁい眠りから、すっきりお覚め。普段から腕時計をしない私。携帯電話もない今は、お日様の具合と腹時計が頼り。もちろん目覚めても、まだ26日。なんだか一日得した気分なのは、あくまで気分。ぺたぺたとダイニングへ歩いていくと、ひ、人影が・・・。そう、それは、Giovanni Hidalgo、その人でありました。お互いに自己紹介をしているところで、兄貴分も起きてきて、3人で朝ご飯をとることになる。


仲良く朝食作りのGiovanniとRigo

男性陣2人、作る係。わたし、食べる係。と、ダイニングテーブルでクランベリージュースを 飲みながら日記を書き書き、朝ご飯が出来上がるのをまつ。・・・この後、毎朝この光景が繰り返されることになる・・・。「いい御身分で」・・・・はぁい。 3人で囲む朝食のテーブル。うーん、こんな和やかな朝食は久しぶり。心はずむこと、しきり。

BGMはMongo Santamaria。朝食の後、ダイニングテーブルで、そのままGiovanniのレクチャーが始まる。時には私の肩を叩きながら、リズムの取り方や練習の大切さ。はたまた、「誰々が、何年に出したアルバムはすごくいいから聴け」(これまた、年代とかまで良く覚えてるんですね。すごいぞ、Giova。)なんて事まで教えてくれる。

話がDiva Norikoお姉様のことに及んだときは、いろいろな思い出と共に彼女の活動に対する尊敬の念を語ってくれたりもした。ああ、何故か新百合ヶ丘まで出てきたぞ。ウィリー・ナガサキさんと飲みに行った話だったか?赤木りえさんの話しも幾度となく出て来る。 赤木さんの声が「ベティー・ブープみたいな声だよ。うはははは。」なんて嬉しそうに喋ってた。 Giovaが本土に帰るまでの3日間、毎日こんな朝でした。ありがたや。

今日は兄貴分は、教えている生徒のおうちでのパーティーに顔出し。くっ付いていくことにする。サウンドチェックに出掛けるGiovanniを送ったそのあしで、パーティーへ。 まるで遊園地のジェットコースターを思い起こさせる程の急な上り下りを経て(その後、私が向こうにいる間中、急な坂や道路のでこぼこに差し掛かる度に「いえぇ〜〜〜!アミューズメントパーーーーク!」と叫び続ける2人でありました。)、無事に到着。

お、音楽、入ってますよ。おじさん2人がキーボード、パーカッション&ボーカルでの演奏。Salsaから、Merengueから、Puerto Ricoのお祝いソング、となんでもごちゃ混ぜ。テラスではご飯の用意が整っています。Pasteles、Arroz con Gandules、 Pavo、Pollo、Tostones、etc…おっと、その前にお約束のCoquito(ココナツミルクとRumで作る、この時期に飲むPuerto Ricoのお祝いのお酒ですね)をくいっと。あっま〜〜〜い味が広がります。その後はハイネケンをかっくらう。おー昼間っから。いいんです。ここはPuerto Rico。そして、今はパーティーシーズン。

Puerto Rico料理、美味しい。 こうして、海外に行ったり、外国出身の友人宅でのパーティーなんかに行くと、食べ物の好き嫌いなく育ててくれた両親に感謝の念を抱かずにいられません。わたしゃどこでも生きて行ける。 パーティーは時間の経過とともに人も増えていきます。が、我々はお土産にArroz con Dulceを包んでもらってTrujillo Altoのおうちへ帰ります。

戻る途中、見晴らしのいいところに寄って、車を停めてくれる。San Juan一望。っと、そこにある、まるでカラス瓜のようなものの中から赤い実を取り出して、手渡してくれる兄貴。ほのかな甘さ。Cun de Amorという名前だという。今では見かけることも少なくなったというから、やっぱり何処も、近代化。

 


Trujillo Altoから
San Juan方面をながめる

Joe Santiagoとの再会の巻

さて、夕方からOld San Juanにある"Avocat"というレストランで、兄貴分達がライブするというので、これまたひっついて行く。向かう途中で、Pablo Rosarioのうちへ。兄貴分の家と同じ区画にあるのです。電話では何度も話したことがあったのだけれど、実際に会うのは今回が初めて。が、初めてな気がしないのは、仲好しのCharlieの兄弟だからなのか。

10月に手術をしたばかりというので、杖をついているけれど、元気にいろいろな話しを聞かせてくれる。わざわざPailitasという楽器を持って来て、見せてくれる。この楽器、今ではもう製造されていないそうで、かなり貴重なもの。ボンゴのような形状で、スティックで叩く。初めてみた。ここでも、赤木さんの話しが出てくる。みんなすごーく彼女のことを褒める。なんだか嬉しくなる私。


Millo Torresのメンバーで構成

Old San Juan、なんとか路上駐車してAvocatへ。 ギター、コンガ、キーボード、ドラムス、サックスでのジャズとボッサのスタンダード。メンバーはみんな Millo Torresと一緒に演っている人たち。私はひとりウェイティングバーで、スポーツ刈りの男前なバーテンダーのお姉ちゃんを眺めながらMedallaです。たまにはご当地ビールもね。

ここのご飯、典型的なプエルトリカンフードをアレンジしたものがメインで、とても美味しいらしいのだが、パーティーで散々食べていた私はお腹一杯。く〜〜〜っ。Puerto Ricoに行かれる方、是非行ってみてください。雰囲気の素敵な、デートにも使えるレストラン。Plaza de Colonの近くです。

12時を回って、そのままNewyorican Cafeへ。 お、Polito達がステージにいます。あれ、柱のところに立っているのはJoe Santiagoおじさん! 兄貴分、紹介してくれようとしたのですが 「あ、知ってる。Joeだよね。 いやー久しぶり。Blue Note Tokyoで会って以来よね。」ってな感じで再会の挨拶。Polito Huertasおじさんもステージから降りて来て、紹介してもらう。じゃ記念に、と一緒に写真を撮ったら、「お前は、生まれて初めて一緒に写真を撮ったオリエンタルだ!写真を送れ。」だと。 いや、いいんですけどね、写真を送るのは。でも、なにもそんなに大騒ぎしなくても、Polito…・。


Polito & Charanjunto con Joe Santiago

LIVE AT NUYORICAN CAFE 1
"GRACIAS POLO"

その後ステージに再び上がったPolito & Charanjuntoの面々。「じゃ、次の曲はそこのJaponesaに。」 はぁい、ありがとうございます。と、途中で得意のベース一回転。くるん、と。あ、やっぱりJoeもステージに。で、この2人のすごいところは、曲の途中で交代しても全く演奏が途切れないところ。そう、2人の手が同時に一つのベースを弾いている一瞬があるのです。双子のようなものだ、と自分達で言っていたのを、演奏を聴いて実感。ふむ。

おうちに帰り付いたのは、午前3時。 いやー、それにしても、これでまだ一日目。充実しまくりだったPuerto Rico滞在の一日目はこうして過ぎたのでした。


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12月25日・26日 Puerto Rico到着/Giovanni Hidalgoとの出会いの巻/Joe Santiagoとの再会の巻 へ
12月27日・28日 人生の中で、最高のコンサートを経験するの巻 /Conquistadorへ。 LuquilloでBachataを踊らされるの巻/今夜もViejo San Juanへ。 Mi Papa Noelとの感動の再会の巻へ
12月29日・30日 初めてPailitasの演奏を聴く、の巻/愛するMofongoにやっとありつくの巻/牛、牛、牛、牛…・犬、犬、犬の巻/Anthony Carrilloと出会うの巻/Politoのクラーベ教室の巻へ
12月31日 Guayamaへ、癒しの道を辿るの巻 へ
1月1日 Feliz an~o Nuevoと空港の悲劇の巻/悲劇の結末はの巻 /素敵な訪問者の巻
1月2日 またもや素晴らしい偶然と、やっとお出迎えの巻 /San Juan観光の巻/Man~engueのおうちで男ばっかりのパーティーの巻/久々Bomba!の巻へ
1月3日 El Yunqueの巻/絶品の夕日の巻/Viva Heineken!の巻へ

1月4日

再びMi Papa Noelとお出かけの巻/三賢者の日のお祭りの巻/ Caribeの夕日の巻/Don Rigoのお誕生日の巻/さて、帰りますの巻
1月5日 でも、日本もいいぞ。寒いけど へ
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