―ほんの少しの大きな差―

 天気のいい昼下がり。今日もプラネトス号は穏やかな海の 上を渡る。いつもと違う所といえば客の数が多いこと。

ヴェルトルーナの一件が解決した後、プラネトス号は共に戦った仲間たちを故郷へ送 るために、まずは最初の目的地、ジラフの港へ向かっていた。

船からは賑やかな話し声が聞こえる。それが静かになったのは彼らが突風に吹かれた 後だった。

ビュッ!

ふわりとオレンジ色の帽子が宙に舞った。

「あ、帽子が!」

「飛んでいっちゃった・・・」

「どうしよう、あれすっごく気に入ってたのに・・・」

甲板で楽しく過ごしていたフォルト、ウーナ、アイーダの三人は突然の出来事に、た だ飛ばされた帽子を見ることしか出来なかった。

帽子は船から離れていき、やがて着水した。が、沈む気配はないようだ。

「水面に浮かんじゃった。・・・なんとかならないかな?」

持ち主のアイーダが試行錯誤を始めるとほぼ同時に、頭に真紅のバンダナを巻いた青 年が声をかけた。

「ん?どうしたんだ?みんなして」

「あ、アヴィンさん。それにトーマスも」

「へ?」

と、アヴィンが振り返ると、後ろにはさっきまで一緒にいた訳でもないのに、いつの まにかキャプテン・トーマスその人の姿があった。

「うわっ、いたのかよ」

「何だよ。いちゃ悪いか。で、何があったんだ?」

フォルトたちに気を取られて、おそらくトーマスの気配に全く気づかなかったのだろ うアヴィンはさておき、何が起こったのかを尋ねる。

「あたしの帽子が飛ばされちゃったの!ほら、あそこに浮いてるんだけど、何とかな らないかな?」

アイーダの指差す方向を見るとそこには確かに帽子が浮かんでいる。アイーダの服の 色と同じオレンジ色の帽子。船から帽子までの距離を見ると泳いで取りにいけないこ ともない。

と、判断したアヴィンは

「よし、俺がとってこよう」

と言うなり、邪魔になりそうな白いマフラーと少し大きめの剣を取って足元に置い た。

「取ってくるって、泳いでってこと?」

「ああ、時間がかかるかもしれないがちょっと待っててくれよ」

「おい、ちょっと待て!お前・・・」

「大丈夫だって。じゃ行ってくるよ」

ドッパーン!

トーマスの静止の声を途中で遮ってアヴィンは海へ飛び込んでしまった。

「おいっ!・・・ったく、何であいつは何も考えずにすぐ行動に移すんだ」
・・・なんて文句を言ってる場合じゃない。すぐにこの船を止めないとアヴィンが戻 れなくなってしまう。帆をたたんで、エンジンを止めなければ。幸い、甲板には何人 かの船員が散り散りにいた。

「緊急事態だ!全員、収帆作業にかかれ!」

「アイアイサー!」

それまで個々の時間をすごしていた船員達はトーマスの突然のでかい声に驚くわけで もなく、すぐに帆をたたみ始めた。

一方、至近距離で大声を喰らわされたフォルトたちの耳には、キ〜ンという音が頭の 中に響きわたり、三人とも耳を両手で塞いだまま、その場にしゃがみこんでいる。

「トーマス〜・・・」

「あ、わりいわりい。それとフォルト、ルカにエンジンを止めるように言ってきてく れ」

「んん、わかったよ」

立ち上がってパタパタと走りながら船内に消えたフォルトを見送り、足元にあったア ヴィンの剣を取って腰に下げるとトーマスは船べりに足をかけた。

「ちょっと俺も行ってくるぜ」
「え、何も二人掛かりでいかなくても大丈夫なんじゃないの?」

「あいつ、剣を置いていきやがった。丸腰のまま海を漂うのは危険だからな、届けて くる」

そう、トーマスにとっては船に戻れるかよりもそっちの方が気にかかっていた。海に はまだまだ自分の知らない未知の生物がいるかもしれない。それに運が悪ければ魔獣 だって出て来る可能性もある。船でこの辺りの海域を渡っている時は、特にこれと 言ったことは起こっていないが、人がこの海を渡るとなるとどうだろう。

・・・何が出てきてもおかしくはない。

「それじゃ、行ってくるぜ」

と言うなり、被っていた帽子を甲板へ投げ捨て、船べりにかけていた片足で力強く踏 み切って高く跳んだ。

・・・ドッパーン!

「トーマス!・・・大丈夫かなぁ・・・」

「大丈夫だよ」

ポツリと口にしたウーナの本音に即答したのは長い金髪の青年だった。

「フォルト君から聞いたよ。アヴィンを探してたんだけど、まさか海に飛びこんだと はね・・・」

「マイルさん。でも、危険ってことは何か出るんじゃ・・・」

「・・・今の様子だと剣を丸腰のアヴィンに届けてくれるみたいだね。大丈夫。少し 経ったら二人とも帰ってくるよ」

不安げな表情をした二人をやさしくなだめ、足元にあったマフラーとそこから少し離 れた所にある白い帽子を拾い上げる。

「へえ、これが船乗りの帽子か・・・・・・」

しばらく白い帽子を見つめた後、それを自分の頭にカポッと被せた。トーマスの頭の 大きさに合わせている白い帽子はマイルの頭には少し大きいようで、ちょっとでも下 を向くとすぐにずり落ちてくる。

「どう?似合うかな?」

「ぷっ、あはは!マイルさんそれ似合わないよ〜」

「う〜ん、ちょっと違うと思うのぅ」

声を上げて笑うアイーダと、堪えながらもクスクスと笑っているウーナ。二人に笑顔 が戻ってきたのを見てマイルも安心した笑みを浮かべる。少女達の心配そうな顔はあ まり見ていたくなかったのだ。

こっちはもう大丈夫。後はアヴィンとトーマスが戻ってくるのを待つだけだ。

アヴィンのマフラーを彼がいつもしているように両肩にかけながら、マイルも海に飛 び込んだ二人に視線を向けた。



一方、オレンジ色の帽子に向かって泳いでいたアヴィンは、後方で何かが海に落ちた ・・・いや、誰かが飛びこんだような音を微かに聞きとってその動きを止めていた。 後ろに振り返ってしばらくじっとしていると、自分より数十ミロ離れた位置からトー マスが浮かび上がってきた。

「?」

どうかしたのかと思い、トーマスの方をじっと見ていると何やら声が聞こえてきた。

「今からそっちに行くからそこを動くんじゃねえぞ!!」と。

「・・・何で来るんだ?」

と、独り言をつぶやきながらも言われた通り待ってみる。その間、暇なのでトーマス の泳ぎを見ていると、なかなか切れのいいフォームであることがわかる。スピードも 乗っているし、さすがは『海の男』と言ったところだろうか。そんなことを思ってい るうちにその人物はいつの間にか自分の目の前まで来ていた。

「ふぅ・・・追いついたぜ。・・・ほらよ、お前の剣」

着くなり、腰に下げていた両手持ちの剣をアヴィンに差し出す。

「剣、って差し出されても邪魔になるだけだし、いらない」

「バカかお前は、魔獣に出遭ったらどうすんだ。特に、海の中に引き込まれたら魔法 だってロクに唱えられないだろ?」

「魔獣?こんな所に出るのか?」

「出るかもしれないってことだ。海ってのは何が潜んでるかわからないからな」

なるほど、それでか。と納得し、素直に剣を受け取って礼を言う。

「いいってことよ。それより、どっちが先に帽子を取れるか競争しないか?」

「競争か。・・・ただ取りに行くよりかはおもしろそうだな」

先ほどのトーマスの泳ぎを見ていてもわかるが、水泳はよっぽど得意なのだろう。か と言って自分も泳ぎには慣れているし、体力にも自信はある。いい勝負が出来そう だ。

「よし、決定。じゃあ早速行くぜ!」

やる気満々のトーマスにつられて、アヴィンも泳ぎの体勢に入る。

「レディ・ゴー!!」

トーマスの声と共に二人は同時にスタートした。



・・・二分後、二人の距離は一向に離れない。

「(やっぱり速いな。だが俺だって負けないぜ!)」

「(思ったよりやるじゃねえか。フォームもしっかりしてる。けど、どこまで俺と張 り合えるかな?)」

だんだんとオレンジ色の帽子があるところに近づいてきた。ラストと思い、二人のス ピードはますます速くなっていく。そして二人が目的の帽子に向かって手を伸ばした 時。

フワッとその帽子が宙に舞った。

伸ばした二人の手は海水を掴み、どちらも帽子を取っていないことに気づく。泳ぐの をやめて帽子の行方を探し、ふと真上を見上げると、フワフワ〜と飛んでいる・・・ いや、あきらかに誰かが浮かばせている帽子と、ローブを纏って杖を掲げている男が 目に入った。どうやら帽子を浮かせているのはこの男のようだ。

「ミッシェルさん?」

「全く・・・私に言ってくれれば一瞬で事が済んだものを」

そう言えばそうだ。一人だとどこにでもテレポートできるこの魔導師に頼めばほんの 一、二秒で済むことだ。トーマスもそのことを失念していた。

「ミッシェルさん、邪魔しないでくれよ。勝負してたんだからさ」

もう少しで俺の勝ちだったのに。と付け加えるアヴィンにトーマスも負けじと言い返 す。

「いいや、僅かだったが手を伸ばしたのは俺の方が早かったぜ。良かったな、ラップ に邪魔されたおかげで負けずに済んだんだからよ」

「それはこっちのセリフだ。絶対俺の方が早かった!」

「俺の方が早かった!」

「俺だ!」

「俺だ!!」

「・・・二人ともいいかげんにして下さい。そんなに決着をつけたければ船まで競争 したらどうですか?」

呆れながらもこめかみにうっすらと青筋を浮かべたミッシェルの提案に二人の言い争 いがピタッと止まる。
提案が良かったのか、ミッシェルが怖かったのか、あるいは両方か・・・。

「よーし、今度こそ白黒はっきりさせようじゃねえか!」

「望むところだ!」

「ラップ、スタートの合図をしてくれ!」

「しょうがないですね。・・・では、音が聴こえたらスタートですよ?さあ、位置に 着いて下さい」

音って何の音だろう、とアヴィンは疑問に思いながら、そしてトーマスはそれを予測 しながら再び泳ぎの体勢に入った。それを確認してミッシェルも杖を掲げる。
「よーい・・・」

ドーン!!

突然三人の後方で水柱が上がった。

何だ?と思い、後ろを振り向こうとしたがその水柱が発生した時の音と同時に隣の トーマスがスタートしたので、アヴィンもややつられる形でスタートした。そして泳 ぎ始めてから気づく。あれが合図だったのか、と。

「さて、私も船に戻りますか」



再び競争し始めた二人を見送り、テレポートでプラネトス号に戻ってきたミッシェル に一番に駆け寄ってきたのはオレンジ色の帽子の持ち主であるアイーダだった。

「はい、この帽子ですね?」

「うん、ありがとう!ところで、さっきの水柱はなんだったの?」

「あれですか?競争のスタートの合図ですよ。魔獣が現れたのではないのでご安心 を」

「そうなの?」

タタタッと最船尾へ移動し、船に向かってものすごい勢いで泳いでくる二つの姿を見 つける。

「あ、ほんとだ!ねえねえウーナ、どっちが勝つと思う?」

「う〜ん・・・難しいのぅ」

楽しげな少女達を後ろに、まだトーマスの帽子とアヴィンのマフラーを装着したマイ ルがミッシェルに話しかける。

「やっぱり競争してたんだね、二人とも負けず嫌いだなぁ」

「そうですね。どうです、マイルさん?賭けをしませんか?」

「どっちが先に船に戻ってくるか、だね。何を賭けるの?」

「そうですね・・・負けた方は明日、甲板掃除というのはどうでしょう?泳いでる二 人も連帯責任ということで」

「あはは。いいね、それ」

「では決まりですね。どちらに賭けますか?」

「やっぱりアヴィンかな」

ウーナやアイーダはかなり迷っているというのに、マイルからは即答で返ってきた。 どうやらよほどアヴィンの力を信頼しているらしい。

「スタート地点からここまで結構距離があるし。トーマスさんの体力も目を見張るも のがあるけど、持久戦ではアヴィンが上だと思うよ」

「では、私はトーマスに賭けましょう。彼はなかなかいい泳ぎをしますよ」

と言ってマイルの被っていた白い帽子を取り、自分の頭に被せる。・・・やはりミッ シェルにもこの帽子は少し大きいようで、被るなりすぐにずり落ちてきた。そんな ミッシェルを見たマイルの率直な感想。

「ミッシェルさん・・・似合わないね」

「・・・船乗りの帽子が似合っても困ります」

「あはは、それもそうだね」

と、賭けの話もまとまり、談笑した所で何やら最船尾の方も賑やかになってきた。

「アヴィンさんがトーマスに追いついてきた!」

それを聞いてマイルとミッシェルも最船尾へ移動する。

「あ、ほんとだね、アヴィン!がんばれ〜!!」

「トーマスの実力はこれからですよ」

と、泳いでいる二人の親友同士の間にも、見えない小さな火花が散り始めるのであっ た。



翌日。今日も良く晴れた天気の下、プラネトス号にはモップ片手に甲板掃除をしてい る二つの影があった。

「ったく、何であんな賭けなんかしたんだよ」

「ごめんごめん。アヴィンが勝つって思ってたからさ。でも惜しかったね」

「くっそ〜!もう少しで俺の勝ちだったのに〜!」

結局、勝負はほんの僅かの差でトーマスが勝ったのだ。アヴィンもなんとかトーマス のスピードにはついていけたものの、スタート時の出遅れが勝敗を分けたようだ。僅 かの差というのがよっぽど悔しいのだろうこの男は、船に戻ってきてからずっとそん なことばかりを言っていた。

「甘いなアヴィン、その『もう少し』が決定的な差なんだよ」

アヴィンの叫び声を聞いたトーマスがマストの柱の上方から声をかける。

「うっ・・・」

「まあ、お前の泳ぎも良かったけどな、あれじゃ俺には勝てねえよ。出直してくるん だな」

「く〜!見てろよ!次は絶対勝ってみせるからな!!」

「そう簡単には負けねえぜ。じゃ、掃除がんばってくれよな」

柱から降りてそう言い残すと、勝ち誇った彼の姿は船内に消えていった。

「さ、いつまでも怒ってないで早く掃除しちゃおうよ。お昼ご飯に間に合わなくなっ ちゃうよ」

「そうだな・・・って、賭けさえしなけりゃこんなことせずに済んだのに余計な事を ・・・。しかも連帯責任って何だよ」

「だから、ごめんってば〜。・・・でもアヴィンが勝ってれば掃除なんてしなくても よかったんだよ?」

「・・・・・・」

と、そんな会話をしながら甲板掃除は着々と進んでいくのであった。

END





アヴィン・・・トーマスとミッシェルさんのコンビに勝負を挑むとは命知らずな。
マイルやミッシェルさんがかぶるとぶかぶかのトーマスの帽子がナイスです。
トーマス、おまえの頭はそんなに大きかったのか?(爆違)
ところでミッシェルさんが発生させたあの水柱の正体はもしかして・・・(汗)。
あれは絶対甲板掃除したくないがための罠ですよね。



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