逃避の果てに

 

 ブロデイン王国王都グラバドル――
今この街はここ数年なかったほどの活気に満ちていた。「闇の太陽」の事件以来、魔獣や暴走したヌメロス帝国の木人兵による国内の被害の復興が続いていたが、ようやくそれも完了のめどが立ってきた頃であった。今国民の関心の的となっていることはただひとつだった。
―デュオール殿下が御成婚なさる!―
この国の統治者であるデュオール王子が、とうとう妃を迎えようというのである。お祭り騒ぎにならないはずがない。人々は「これでブロデイン王国もますます安泰だ」と喜んだ。若い娘の中には「私こそが殿下の妃になるはずだったのに!」と嘆く者もいた。城では式の準備が着々と進められ、結婚ムードはどんどん高揚していくのであった。

 その頃グラバドル城では――
一人の男が自室の机に向かって物思いにふけっていた。外の賑やかな空気とは対称的に、えらく塞ぎ込んでいるようである。この男こそデュオール王子、現在のこの騒ぎの中心人物である。彼には間もなく結婚式を迎える者らしい、どこか浮かれた雰囲気はどこにも見られなかった。むしろ絶望のどん底に突き落とされたような表情をしている。
 そもそもこの結婚はデュオールが望んだものではなかった。間もなく三十を迎えようとする王子に、早く妃を、引いては早くお世継ぎをということで家臣たちが半ば強引に話を進めてしまったのである。ヴェルトルーナにはブロデイン王家の他に王家と言える家系はなかったので相手を探すのにはいささか苦労したが、最終的にはメルヘローズ出身のいい所の令嬢であるという人が選ばれた。デュオールの傍らにはその女性の肖像画がある。今までにも何度か会わされた。いい人には違いなかったが、デュオールにはどうしてもこの縁談は納得できなかった。
「どうにか…ならないものか」
王族という立場に生まれた以上、望まない結婚でも受け入れなければならないことがあるのは重々承知していた。少し前までは、そうなっても素直に受け入れようとする気があった。今は、違う。今の彼には、まさに意中の人がいたのである。
 その人と知り合ったのは、例の「闇の太陽」事件のさなかだった。長年信頼していた家臣に裏切られ、傷つけられ、もはやこれまでかと思われたとき、その人は現れた。緑色の髪を不揃いな三つ編みに束ね、普段女性と接する機会が少ないデュオールにも美人と分かるほどの可憐なスタイルの彼女は、傷ついたデュオールを手当てしてくれ、また彼が諦めそうになったときには力強く励ましてくれた。彼女と会ったのはその時一度きりだが、デュオールを夢中にさせるには充分な時間があった。その人の名は、レイチェルといった。ちなみに実際にデュオールを助けてくれたのはレイチェルだけではなく、彼女の父親も一緒だったのだが、その辺に関しては彼の記憶から綺麗に抹消されていた。
 とにかく、レイチェル一人にご執心なデュオールにとって、他の女性との結婚など考えられなかった。なんとかして、なかったことにしたい。そう思っても今更そんなことはできないのは分かっていた。
「いっそのこと…逃げ出すか」
そしてどこかでレイチェルさんに出会って一緒に旅芸人になろう。そんなことを考えたりもしたがすぐにそれも自分で否定する。いくら自分の好きな女性のためとはいえ、国と民を捨てて逃げ出すことなどできない。第一、家臣達は自分がこの結婚に乗り気ではないことを知っている。恐らく城下町の外へは出られないだろう。
「私はどうしたらいいんだ…!」
頭を抱えて苦悩するデュオール。彼の思考は色々なところを駆け巡るが、何も行き着くところがない。唸りながらあれこれ考えていると、彼の部屋のドアがノックされた。その音でデュオールはふと我に返る。
「ああ、入ってくれ」
するとドアが開いて、小太りの男が入ってきた。家臣の一人、ジャック・スレイド外交官だ。
「殿下、お客さんがいらしとりますで」
「お客?」
結婚を控えたデュオールの元には、何人もの来賓が訪れていた。その中の誰かが挨拶に来たのだろう。
「誰だ?」
「はあ、シャオはんとレイチェルはんゆうて前に…」
「本当か!?」
スレイド外交官の言葉が終わらないうちにデュオールは椅子から立ちあがった。突然のことだったので、スレイド外交官は何事かと驚く。
「は、はいな。たまたま興行に来てみたら殿下の結婚式を知って見にいらはったそうで。それで、うちも知り合いやったので式の前に王子にお会いしたらどうでっかと言ったら…」
「今ここに来ているのか!?」
「いらはってます!!」
デュオールがものすごい剣幕でスレイドに迫ったので、彼も訳がわからぬまま慌てて首を縦に振った。するとデュオールは鏡の前に歩いていって身だしなみを整えると、一転して落ち着き払った様子でスレイドに言った。
「よし、すぐに会うぞ。お二人はどこにいる?」
「広間の方にお通ししましたけど…」
それだけ聞くとデュオールはバタンと部屋のドアを閉めて出ていってしまった。彼が早足で歩いていく足音が聞こえる。部屋にはスレイド外交官一人がポツリと残された。

 デュオールが城の広間まで来ると、そこにはすらりとしたスマートな女性とあまりにも肉付きがよすぎる中年の男性の二人が待っていた。もちろんデュオールにはその片方しか見えていない。はやる気持ちを押さえて彼女達の方へ近づいていった。
「シャオ殿、レイチェルさん、お久しぶりです」
一応存在は認識していたし、父親なのでシャオにも声をかける。二人は笑って答えてくれた。
「久しぶりだ〜よ、王子様」
「こんにちは、デュオール王子。元気そうね」
当然前者の声はデュオールには届いていない。視線も一点を見つめて動かない。再びこの人に、レイチェルさんに会うことができた――。その喜びでデュオールの頭はいっぱいだった。自分がもうすぐ結婚する立場にいることなど忘れている。
「シャオ殿とレイチェルさんも元気そうで何よりです。その節はお世話になりました」
「やだ、そんなことに気にしなくていいのよ」
レイチェルが笑ってデュオールを軽く突き飛ばす。デュオールは爆発寸前だった。それでも理性でもってなんとか自分を押しとどめる。
「いや、お二人にはいくら感謝しても足りないほどです」
「いーからいーから。それより王子様、結婚おめでとね」
シャオのその一言で、デュオールは一気に現実に引き戻された。そうだった。自分はもうこの人と結ばれることはない。そう考えると、今までの明るい表情があっという間に暗転してしまった。急に彼が沈んだ様子になったのは、レイチェルにも分かった。
「どうしたのデュオール王子?何かつらいことでもあるの?」
レイチェルが心配そうにデュオールの顔を見上げる。澄んだ紫の瞳で見つめられ、もはやデュオールの精神は限界に達していた。自分の今のこの気持ちを、あなたに知ってもらいたい――。私が本当に妃に迎えたいのは――。そう考えた時、デュオールは無意識のうちにレイチェルの腕を掴んでいた。予想もしていなかったことに、レイチェルは少し目を丸くする。もう、後には引けない。
「あっ」
「レイチェルさん…。私と一緒に、逃げましょう!!」
「………は?」
いきなりの言葉に、レイチェルにはデュオールの言っていることが理解できなかった。ただ首を傾げるだけである。隣にいたシャオにも当然デュオールの真意はわからない。しばし沈黙。未だにレイチェルが何の事だかわからずにいると、突然デュオールが彼女の腕を引っ張って走り出した。
「え、あ、ちょ、ちょっと!?」
レイチェルの言葉などお構いなしにデュオールは広間から飛び出し、城の門めがけて疾走した。レイチェルはなされるがままに連れ去られる。
「どうなってるのよ〜!?」
やがて城門まで来ると、デュオールはますますスピードを上げた。一気に城下町へ逃げ出すつもりだ。門を守っていた兵士が彼に気付いて声をかける。
「おや、デュオール王子。いかがなさい…」
だがデュオールは兵士のことなど全く気にもとめずに走り去っていった。
「ました…って、あれ?」

 城の広間にはシャオ一人が残された。この期に及んで何が起こったのか把握できないでいる彼のもとに、スレイド外交官がやってきた。
「おや、シャオはん。デュオール王子はまだ来とりまへんか?」
「あ、スレイドさん。デュオール王子なら今までいたよ」
シャオの言葉にスレイド外交官は辺りを見渡す。
「?今はどこへ行っとるんでっか?」
「さあ?レイチェルと一緒にどこかに行ったよ」
スレイド外交官はますます訳がわからなくなってきた。
「どこかって…どこでっか?」
「わかんないってば。王子様が『一緒に逃げよう』って言って行っちゃったんだ〜よ。」
あっさり言ってのけるシャオ。スレイド外交官は絶句した。逃げた…?
「殿下が…逃げた…?」
うわ言のように呟くスレイド外交官。シャオは不思議そうに彼の様子を見ている。次の瞬間、スレイド外交官は凄まじい大声で絶叫した。
「うわああああっ!!そいつぁ大事や〜〜〜〜〜っ!!」

 一方逃げ出したデュオールとレイチェルは、城下町の出口近くまで来ていた。建物の陰から様子をうかがう。見張りの兵士がいる。
「今無理に外へ出るのは得策ではないな…。もう少し様子を見て隙を狙った方が…」
デュオールはレイチェルを連れて国外逃亡するつもりだった。いずれはこの国へ戻ってくるつもりだが、しばらくレイチェルと二人だけになる時間が欲しかった。だが、それはそう簡単なことではない。城下町の出入り口は、結婚式を控えて警備が厳重になっていた。デュオールがどうしたものかと色々算段をしていると…。
「ちょっと!」
依然腕を掴まれたままのレイチェルが逆に彼の腕を引っ張ってきた。デュオールははっと彼女の方を向く。
「一体どういうつもりよ!?いきなり人を連れ出しておいて!」
「あ、突然こんなことをしてしまってすみませんレイチェルさん。しかしこれには深い訳が…」
デュオールはとりあえず謝る。確かに彼女に何の説明もなしに引っ張り出してきてしまったのだ。レイチェルがぶすくれるのも無理はない。彼女はデュオールの手を振り切って腕組みする。
「訳って何よ?納得できるよう話してくれたら許してあげないこともないけど、場合によってはタダじゃ済まさないわよ?」
レイチェルが脅しをかける。彼女はあまり目上の人を敬うと言う考えを持ち合わせていないらしい。
「それは…その…」
デュオールはどもる。レイチェルの気迫に押されたこともあったが、それより生まれてこの方女性に告白などしたことなどない。一体どう切り出せばいいのか分からなかった。それでも言わなければ――。彼は覚悟を決め、大きく息を吸った。
「レイチェルさん、私は……」
「殿下がいたぞ!こっちだっ!!」
デュオールのやっと出かかった言葉は大きな叫び声によってかき消された。声の方を見ると、数人の兵士がこちらへ向かって走ってくる。
「くそっ、スレイドの奴。もう追っ手を放ってきたのか!」
さすがに告白できる状態ではないので、彼は再びレイチェルの手を取って走り出した。レイチェルは「また走るの?」と呆れ顔になったが、仕方なくまた引っ張られることにした。
「ねえ、なんで兵隊さんから逃げなきゃいけないの?」
「捕まったらここまで来たのが台無しになってしまうからです!」
「ふ〜ん」
逃げながら二人はそんな会話を交わしていた。二人は狭い路地に入り込み、右へ左へ縦横無尽に逃げ回った。デュオールはよく城下の見回りをしているので、街の地理は知り尽くしているつもりだった。こちらはレイチェルを連れて走っている分少し足が鈍るが、それでも鎧をまとった兵士達よりは数段速い。次第に追いかけてくる兵士との差が開いていった。そして数分後、彼らはなんとか追っ手を振り切ることができた。

 「はあ、はあ…。何とかまけたようです」
「お疲れ様」
小さな橋の上で二人は休んでいた。デュオールはだいぶ息が上がってしまったが、レイチェルは平然としている。さすが旅芸人だけあって、意外と体力があるものだなと感心するデュオールだった。レイチェルはしばらくデュオールの呼吸が落ちつくのを待って、再び質問をぶつけた。
「で、そろそろ私を連れ出したわけを教えてもらえないかしら?」
「え?ああ、そうですね…」
今度こそ言わなければ。デュオールはなるべく心を落ちつけようと深呼吸をした。しばらく吸って吐いてを繰り返した後、デュオールは唐突にレイチェルの両肩を掴んだ。彼の目はまっすぐレイチェルの目を見つめている。
「あら」
「レイチェルさん、私はあなたと初めて会った時……」
「あ〜、デュオール様だぁ」
これから肝心なことを言おうという時に、いきなり背後から幼い声がした。一気に肩の力が抜け、出かかった言葉が引っ込んでしまったデュオール。振り返るといつの間にか小さな男の子と女の子が近寄ってきていた。よく彼に懐いている子供達だ。
「…お前たちか。」
子供は嫌いではなかったが、この時だけは彼らの存在が疎ましかった。せっかくいい雰囲気だったのに。だが子供達はそんなデュオールの心情など汲み取ってくれない。
「デュオール様、遊ぼ〜」
「すまないが、私は今忙しいんだ」
「デュオール様、フルート聴かせて〜」
デュオールの言い分などまったく聞く耳を持たない子供達。彼の脚にしがみついてフルートを吹けとせがむ。いくら今は駄目だと言ってもお構いなしである。大体いつまでもデュオール様と大声で叫ばれていたら兵士に見つかってしまう。なんとか子供達を言い包めて帰らせようとするが…。
「子供達がこんなに聴きたがってるんだもの、少しくらい吹いてあげなさいよ」
レイチェルまで援護射撃する始末だった。仕方なくデュオールはどこに隠し持っていたのかフルートを取り出す。取り出してしまってから、「今はフルートを持っていない」と答えればよかったものを、と気付いたがもう遅い。不本意ながらも、デュオールはフルートに口を当てて吹き出した。爽やかな旋律が辺りを駆け抜ける。子供達も演奏が始まった途端に口を閉じてフルートの音に耳を傾ける。例えどんな状況であろうと演奏には集中することにしているデュオールだが、つい気になってレイチェルの方を伺ってしまう。レイチェルも子供達と一緒になって楽しそうに聴き入っていた。
(よし、いい感じだぞ…)
デュオールは段々調子に乗ってくる。この演奏が終わったら子供達がいようがいまいが彼女に思いを打ち明けよう。今ならきっとうまくいくはず。あと、少しだ。
「おおっ、ここに殿下がいたぞーっ!!」
「なんでフルートなんか吹いてるんだ?」
しかし、やはりフルートの音を聞かれて兵士に見つかってしまったのであった。
「はい、今日はこれまでっ!」
「え〜っ!?」
デュオールはブーイングをあげる子供達を尻目にどこかへとフルートをしまい、再びレイチェルの手を取って走り出すのであった。
「ふふっ、フルート上手だったわよ」
「ありがとうございます!」
かなり嬉しいデュオール。つい顔がにやけてしまうが、そんなことをしている余裕はない。先程より数が増えた追っ手が二人の背後に迫る。デュオールは必死になってグラバドルの街を逃げまわる。そんな中でも、レイチェルに対する気遣いは忘れない。
「すみませんレイチェルさん。度々走らせてしまって…」
「別に構わないわよ。私だって連れ出された訳も教えてもらえないままで帰るのは嫌だもの。それに…」
「?」
「こうしてると、結構楽しいし」
レイチェルが走りながらにっこり微笑む。デュオールも自然と笑みが漏れる。息はあがっていたが、何故だかとても落ち着く心地になった。彼は一層強くレイチェルの腕を握ると、スピードを上げて通りを駆け抜けていった。

 だが兵士達の追跡はますます執拗になってきた。数は見る間に膨れ上がり、至る所に待ち伏せがあった。直進しようにも曲がることを余儀なくされ、右に曲がろうかと思っても逃げ道は左しかなかった。常に活路は一つしかなかった。いや、常に一つは活路があるというのがどこか引っ掛かったが、躊躇っている暇はない。デュオールとレイチェルは兵士のいないところを探しながら走り続けた。もう少し、もう少しで逃げ切れそうな気がする。するとしばらく黙って走っていたレイチェルが声をかけてきた。
「ねえデュオール王子。あなたさっき城下町の外に出たいって言ってたわよね?」
「ええ、そうですけど?」
「じゃあどうしてお城に戻ってきてるの?」
「えっ!?」
デュオールははっとして立ち止まった。周囲を見渡すと、いつの間にか城門をくぐって城の庭まで戻ってきていた。逃げることに精一杯になっていて、兵士に誘導されていたことに気付かなかったのだ。デュオールが状況を飲み込んだ時には既に周りをぐるりと兵士に囲まれていた。
「くっ…やるなお前達…」
「ふっふっふ、ようやくお帰りのようでんな、デュオール殿下」
どこからともなく声が聞こえたかと思うと、前方の兵士達をかき分けておもむろにスレイド外交官が現れた。気分はなにかの悪役のようである。
「殿下、この期に及んでまだ結婚は嫌や言うとるんでっか!?」
スレイドがいつにないきつい口調で言う。デュオールはちらりとレイチェルの方を見た。彼女は「どうするの?」という表情でデュオールの顔を見上げている。やはり諦めることなどできない。
「ああ、頼むから今回の話はなかったことにしてくれないか?」
「今更何を言うとりますねん!殿下、あなたはブロデインをお治めになるお方でっせ!お妃を迎えてお世継ぎを作らなあきまへん!それなのに…」
「それは分かっている!だが私はどうしてもあの人とは結婚できないのだ!!」
「どうしてでっか!?」
スレイドの問いにデュオールはなかなか答えられなかった。今更何を躊躇することがある?そうは思ってもなかなか口が開かない。
「どうしてもという理由があるなら聞かせておくんなはれ」
「………」
「さあ!仰っておくんなはれ!」
「私は……」
デュオールは再びレイチェルの顔を見た。レイチェルはデュオールとスレイドの顔を交互に眺めて不思議そうな顔をしている。二人の手はまだ繋がれたままだった。レイチェルはデュオールが迷っているのを見て、励ますように笑った。
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってやれば?」
その一言でデュオールの心は決まった。今言わなくていつ言うんだ。スレイド達にも、レイチェルにも。デュオールはレイチェルの手をぎゅっと握って頷く。そして、スレイドに強い視線を向けた。

「私は…私はこちらのレイチェルさんを妃に迎えたい!!」

時が止まった。スレイドは目を丸くしたまま固まった。兵士達は身動きひとつしない。まさかそんなことを言うつもりでいたとは思っていなかったレイチェルも、デュオールの顔を見上げたまま硬直した。誰もが、自分の耳を疑った。
そして、人々が金縛りから解けたとき、真っ先に声を上げたのはスレイドだった。
「えええ〜〜〜〜〜っ!?」
それに続いて、兵士達もざわざわと騒ぎ始めた。デュオールは、大きく息を吐くとレイチェルに目をやった。彼女は、顔はデュオールの方に向けていたが、目の焦点が定まっていなかった。あまりに予想外な言葉に、頭をふらふらさせながらうわ言を呟いている。
「何…?何を言ってるの…?お妃…?私が…?何で…?」
「レイチェルさん、レイチェルさん!」
デュオールは放心状態のレイチェルの肩を掴んで揺さぶった。レイチェルの頭と目はしばらくぐるぐると回っていたが、デュオールの声と体の揺れではっと我に返った。気が付くとデュオールが真摯な眼差しを向けていた。レイチェルも、目をそらすことができずに彼の青い瞳を凝視していた。頭に血が上って熱くなっていくのがわかった。
「………」
「………」
「……本気?」
「もちろん本気、です」
「まだ…会ったの、これで2度目よ?」
「それでも…私はあなたが好きです」
レイチェルは何かを言おうと口を開くが、既に目の前が半分真っ白になっているような状態で声が出ない。それでもデュオールがさらに駄目押しをかけてくる。
「私はまだ未熟者ですが、それでもきっと、あなたに相応しい男になってみせますから…」
「………」
これでもかと言うほどの歯の浮く台詞にレイチェルは真っ赤になった。それでも、とても嬉しかった。彼の気持ちに応えようと、思い切り笑ってみせる。それまで父親のシャオでさえ滅多に見ることがないような極上の笑みで。しばらくそのまま黙って見つめ合っていたが、やがてどこからともなく手を叩く音がした。
パチパチパチ…
一人の兵士が始めた拍手は次第に輪を広げていき、そしてその場にいた者が皆手を叩き始めた。
「デュオール殿下万歳!!」
「お妃様万歳!!」
兵士たちは口々に声を張り上げた。納得したらしいスレイドも笑っていた。デュオールとレイチェルは周りを見渡してさらに赤くなる。
「なんだか、照れくさいわね」
「…そうですね。ところでレイチェルさん?」
「何?」
「その…お返事を聞かせてもらえないかと…」
デュオールの言葉に、騒ぎ立てていた兵士たちが一旦静かになる。レイチェルはまた周りをきょろきょろと見渡した後、気恥ずかしそうに口を開いた。
「私は…まだあなたのことをよく知らないから。だから今すぐ結婚っていうのは無理だけど、これからのあなたの姿を見せてもらって、返事はそれからでもいいかしら…?」
デュオールは無言で頷いた。あなたのためにも、立派な王になってみせます……。
兵士たちは再び歓声をあげた。彼らの目の前にいる、未来の王と、その妃を祝福して。

 結局この度のデュオールの結婚話は破談となった。相手側への説明や謝罪には相当難儀したらしいが、スレイド外交官達がなんとかとりなしてくれた。あの時のことを全く知らなかったシャオに、事情を話すのも一苦労だった。いずれ父親となる人かもしれないからとデュオールが自ら出向いた。シャオはデュオールの話を始終目を白黒させて聞いていたが、最後には「レイチェルがそれでいいと思えるなら」と柄にもなく真面目な顔をして承諾してくれた。あとは、デュオール自身の頑張り次第だった。

 あれ以来デュオールは一層政務に励むようになった。国民からの陳情に隅々まで目を通し、できる限りその期待に応える。結婚騒ぎを棒に振った国民達も近いうち今度こそお妃を迎えると信じていた。
 レイチェルはしばらくグラバドルに滞在してデュオールの働きを見守っていたが、今は再び巡業の旅に出ている。やはり旅の中に身を置くのが彼女には最も落ち着くらしい。デュオールは、これは結婚してもほとんど城を開けっぱなしだろうなと思いながら彼女が再びグラバドルを訪れる日を待っていた。それまでに、この国を一目でわかるほど今より立派な土地にしようと心に決めていた。次にレイチェルと会った時には、今度こそ胸を張って「結婚してください」と言えるように――。

 



デュオールのおっとりしたところとレイチェルの鈍さがツボでした。
スレイドは腐ってもさすが外交官。小太り浪速の変なやつだけじゃありませんでした(爆)。
スレイドの活躍なしにはこうはならなかったでしょう。
もしかして結構重要な人物だったのでは!?



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