やさしい魔法の使い方

 文・泉英昌  画・中島美弥


それは、とてもかんたんな魔法。
だれでも使える、やさしい魔法。

「やさしくしてください」
と、サリは森を歩きます。
やさしくされないと、彼女は、死んでしまうのです。

やさしくされたとき、サリのビンには、
やさしい水がたまっていきます。
彼女は、その水を飲んでくらしています。

「やさしくしてください」

歌手は、うたってくれました。
すると、その歌は、やさしい水になりました。

99曲うたったところで、
歌手ののどはつぶれてしまいました。

サリは、歌手に言いました。
「もっとうたってください。
 もっとやさしくしてください」


「やさしくしてください」

湖は、フナをくれました。
すると、そのフナは、やさしい水になりました。

湖から、フナのこどもたちが、
「母さんをかえして」と言います。

サリは、湖に言いました。
「こどものフナもください。
 もっとやさしくしてください」

サリは、やさしい水を飲んで眠ります。

「やさしくしてください」

ヒバリは、話をきかせてくれました。
すると、その声は、やさしい水になりました。

サリがかえろうとすると、ヒバリは、
「きいたぶんだけ、料金をはらいなさい」

サリは、
銀貨を2枚はらわなければなりませんでした。

「やさしくしてください」

砂丘は、話をきいてくれました。
砂丘のしずけさは、やさしい水になりました。

サリは、うちあけました。
「わたしはブドウが大好きなのです」

やがて、森には、
農場のブドウをぬすんだのはサリにちがいないと、
根も葉もないうわさがながれていました。

「やさしくしてください」

ふたごは、道をおしえてくれました。
彼女たちのほほえみは、やさしい水になりました。

おしえられた道は、
イバラのなかへとつづいていました。

サリの晴れ着がやぶれたとき、
ふたごのつめたい笑い声がきこえてきました。

「やさしくしてください」

塔は、とびらをあけてくれました。
とびらのきしむ音は、やさしい水になりました。

「ようこそ」と笑顔であらわれた番人の背中には、
しかし、コウモリの羽根がついていました。

とびらはバタンとしまり、
サリはとじこめられてしまいました。

「やさしくしてください」

サリは番人に言おうとしましたが、
なぜか、声がでません。

番人は、ニヤニヤ笑いながら言いました。
「おまえは、この塔からでられない。
 ビンの水も、もうふえることはない」

サリは、それから10日間も、塔の中をさまよいました。
サリは、さむさでたおれそうです。
ビンの水も、
もう、ひとくちぶんしかのこっていません。

闇のなかで、サリは若者にであいました。
やさしくしてください、と言おうとしますが、
声がでません。

サリは、胸のなかでさけびます。
(やさしくしてください!
  やさしくしてください!)

でも、若者にはつたわりません。

(やさしくしてください!
  やさしくしてください!)
サリは、そのままたおれてしまいました。

気がつくと、サリは若者の腕のなかにいました。

「ぼくが塔にまよいこんでから、100日になります。
 食べものも、水ももっていないのです。
 あなたに、なにもしてあげられないのです」
若者は涙をながしました。

100日もつづいた彼のさむさを思ったとき、
なぜか、サリの目からは、
ポロポロと涙がこぼれてきました。

サリは若者に、
ビンの底の、さいごの水をあげました。

そのときです。
サリのビンが光りはじめたのです。

光はふたりをあたため、塔をあたためました。
かたくとじられていたとびらは、ゆっくりとひらき、
番人は小鳥になりました。

小鳥が言いました。
「サリ、やっと魔法が使えたね。
 もう、ビンの水を飲まなくても生きていけます。
 なくした声も、もどっているよ」

サリは、ふかく息をすいこみました。
そして、ずっと若者につたえたかった、
あの思いをことばにしました。


「やさしくしても、いいですか?」


Text: Copyright (C) IZUMI Eisho
Picture:Copyright (C) NAKAJIMA Miya