ブラックバス年表


◯ブラックバス問題年表(含・ブルーギル) *本稿は、2000年3月に茨城県土浦市で開かれた社団法人霞ヶ浦市民協会「第2回タナゴシンポジウム」用に作成した討議資料(年表)を骨格に、再度、バスの放流(密放流)などに関する信憑性の高い事例を集め書き加えたものです。外来魚を取り巻く近年のあわただしい動きも収録していますが、99年以降の各地の詳しい情勢は、ニュース・ヘッドラインの項をご覧ください。とくに資料番号のないものは、有識者の記憶、出典としての具体性には欠けるものの資料として認めうる断片的な切り抜き、コピーなどが元になっています(編者)

1925  実業家・赤星鉄馬、米国カリフォルニア州よりオオクチバスを持ち帰り芦ノ湖へ放流(約90匹)。コクチバスも含まれていたが低着しなかったという説もある。目的は「公益」(水産・スポーツ振興)。害魚論はあった(石川千代松・田中茂穂ら)が、当時は水産振興のためにさまざまな魚が外国から持ち込まれた“実験期”であり、複眼的な生態系問題というよりは「在来有用魚への影響」という認識(資1)(資4)(資5)

1930〜 長崎県白雲池(1930)、山梨県山中湖(1932)、東京にある私邸の池(1933)、群馬県田代湖(1935)、兵庫県峯山貯水池(1936)などへ試験的に放流(資1)
 
1936  この時期までオオクチバスの分布は5県(資3)

1945〜 進駐軍(在日米軍)による部分拡散(相模湖・津久井湖など)(資2)(資5)ルアーフィッシング萌芽(リールの普及)

1960  皇太子殿下(当時)、日米修好百年記念式典で訪米の際、シカゴ市長よりブルーギル(シェッド水族館所有)を贈られ、これを淡水区水産研究所へ下賜、東宮御所の池へも放流(資3)鹿児島県中原池(通称さつま湖)に鹿児島大学水産学部がバスを移植(資4)

1963〜 淡水区水産研、淡水真珠のグロキジウム幼生の寄種魚として着目、繁殖させたブルーギル1400匹を滋賀県水試に分与(資3)

1965  ブルーギル、大阪府淡水試に譲渡、ここから各水試、養殖業者に配布(資3)
 
1965  琵琶湖(西の湖付近)でブルーギル初確認(資6)

1966  淡水区水産研、ブルーギルをはじめて自然水域へ放流(静岡県一碧湖)。釣り糸メーカーなどが新しい釣り種目(観光資源)として盛んにPRするも人気は出ず。魚類学者の檜山義夫、この放流を生態学的視点から批判(1968年)(資7)*鳴り物入りで導入されたブルーギルは、結局成長が遅く養殖魚(食用)としてはコストに問題があり、真珠貝養殖にも効果が薄いことがわかったために水産の現場では活用されなかった(資3)

1970〜 第一次ルアー・フィッシングブーム起こる。釣り愛好家(団体)・釣り業者によるバスの“無許可放流”始まる

1971  千葉県東金市の雄蛇ガ池にバス移植される。主に神奈川県津久井湖のバスが放された。ほぼ同時期に、静岡県一碧湖からバスの餌としてブルーギルも移植された。群馬県大塩貯水池にバスが移植され、この後、同池のワカサギとの間で問題が起こった(資4)茨城県でブルーギル試験飼育(内水試)(資8)*ブルーギル拡大の原因は不十分な管理計画による飼育施設からの漏出と対応の遅れによる散逸、市民の興味本位な放流などが挙げられるが、雄蛇ガ池の事例のように、釣り人によるバスとの「セット放流」も無視できない

1972  釣り具輸入業者のツネミ・新東亜グループによって米国ペンシルバニア州からバス(ラージマウスバス)稚魚が神奈川県芦ノ湖に移植。このとき、一部のバスが関西方面に運ばれ、兵庫県東条湖、愛媛県石手川ダムなどに移植、その後の西日本の水域におけるバスの供給源となる。琵琶湖に移植されたのもこの頃(資4)

1973  千葉県では金山ダムをはじめ茂原市周辺のため池に、雄蛇ガ池からバスが移植され、この後各地でバスが釣れ始める。群馬・埼玉県境の神流湖でバスが釣れ始める。山梨県富士五湖に放流されたのもこの頃で、2年後には釣り場として紹介される。宮崎県御池への移植もこの頃。静岡県一碧湖でもバス確認(資4)

1774  この時期までオオクチバスの分布は23都府県(資3)バス釣りとヘラブナ釣りなどとのトラブルが多発

1974  琵琶湖でオオクチバス確認(資9)愛媛県石手川ダムから面河ダムにバスが移植される(資4)

1975頃 河口湖(山梨県)でオオクチバスによる漁業被害(ワカサギ)の訴え兵庫県生野銀山湖にバスが移植される。奈良県池原・七色ダムで76年から小さいながらもバスが釣れ始めていることから前年に移植されたものと思われる(資4)茨城県でオオクチバス初確認(藤井ダム湖)(資8)霞ヶ浦、牛久沼でオオクチバス確認(資8)各地で外来魚増大と在来小魚の減少、漁業への影響が表面化。「生態系問題」として位置づけられ、バスの放流は違法行為であるとする認識深まる

1976  栃木県渡良瀬遊水池で、同県で初めてバスを確認。関東、関西の各地でバスが広がり始める(資4)

1977  奈良県池原ダムがバスブームに湧く(資4)

1977  千葉県印旛沼にバスが移植される(釣り人の証言)(資4)

1979頃 漁業被害(ことに琵琶湖で)深刻化。研究者から生態系の危機が叫ばれるも、報道では「ギャング」「害魚」といった対漁業被害という図式の単純な見出しが踊り認識にやや温度差。議論も食害データの有無などに終始、問題は膠着、事実上放置されるこの時期までオオクチバスの分布は40府県、ブルーギルは9府県。その後バスの分布と歩調を合わせるようにブルーギルの分布が急速に拡大(資3)

1980頃 霞ヶ浦湖内でブルーギル確認(資8)東北地方(福島県あたり)にもバスが移植される(資4)

1983  北海道、青森、岩手を除く日本全国でバスが見られるようになる(資4)。分布は1988年までに計45都府県に達する(資3)

1984  琵琶湖の漁民、外来魚駆除に乗り出す。漁協などに釣り愛好家から「バスを殺すな」の非難殺到

1985  賞金制のバスプロ・トーナメントが山梨県河口湖を中心に始まる。第二次ルアー・フィッシングブームへ突入

1988  4月17日、奈良県池原ダムにJLAA関西支部と下北山村役場がオオクチバス(ノーザンラージマウス)の亜種で、より巨大化するフロリダバスを放流(資4)

1989  山梨県河口湖漁協、オオクチバスを漁業権魚種に指定「バス・ブルーギルのすべて」(全国内水面漁業協同組合連合会・外来魚対策検討委員会依託事業報告)刊行される「第1回琵琶湖バス会議」(日本釣振興会近畿支部主催)が滋賀県大津市で開かれる。釣り、自然保護、生態学、漁業など、さまざまな立場の約100人が初めて集まり、ブラックバスとの共存の可能性を話し合う

1991  野尻湖(長野県)で、冷水や流水に強く、渓流性在来魚や経済魚種への影響が甚大と予測されるコクチバスを国内初確認(資10)

1992  水産庁、内水面漁業調整規則「移植の制限」部分改正、バスやブルーギルの生息域拡大防止を図る木崎湖・青木湖(長野県)、桧原湖・小野川湖・秋元湖(福島県)などでもコクチバス確認(資10)

1995  日光中禅寺湖でコクチバス確認。漁協、駆除に乗り出す

1996〜 バス釣りブーム肥大化。芸能界や放送・出版などのマスコミ、ゲーム業界を巻き込んだ一大社会現象になる。河口湖で開かれた「バスの祭典」(95〜)に一日2万人以上のバス釣りファンらが詰めかけ話題に

1996  バス釣り(業界)への本格的な批判報道始まる(資11)この時期までコクチバスの分布は5府県10カ所(資10)池原ダム(奈良県)でフロリダバス系統群による巨大バスブーム

1997  「内水面外来魚密放流防止体制推進事業」(水産庁)コクチバスの分布、8都県に拡大。 密放流悪質さを増す

1997〜 茨城県北浦のドッグ(船だまり)が釣り人(バス釣りファン)のマナーの悪さから次々に鉄条網で閉鎖される。湖面の過剰利用とモラルの問題が噴出。琵琶湖においても同様の問題が顕在化

1998  コクチバスの分布、14府県46カ所に拡大(資10)

1999  滋賀県、年間5500万円の予算を新たに投じ、外来魚駆除(とくにブルーギル)を本格化、駆除、回収、魚粉化などのルートを構築5月、高知県四万十川で、駆除を前提としたバス釣り大会が地元釣具店などによって開かれるバス釣り(業界)問題を追及する報道続く(資12)(資13)中井克樹(理学博士)「バス釣りブームがもたらすわが国の淡水生態系の危機」(淡水生物の保全生態学)で、これまでの魚類・生態・水産学界の姿勢を批判・反省。学者としてこの複雑な社会問題に踏み込む論文を発表9月「ブラックバスがメダカを食う」(秋月岩魚・宝島新書)刊行。外来魚問題はようやく生物多様性(環境)の問題と広く認識され、本格的討議の時代へ9月28日、茨城県内水試、霞ヶ浦(桜川)でコクチバス初確認(資14)公共広告機構「バスSTOPキャンペーン」(東北エリアで放映)9月下旬、阪神大震災で失われた自然を取り戻すために作られた芦屋市のビオトープにオオクチバスとブルーギルが放たれているのが見つかる(資15)コクチバスの分布、19都県46水域に(全国内水面漁業協同組合連合会調べ)12月、滋賀県漁連と滋賀県水産課に熱血ブラックバスフィッシャーマンと名乗る者からバスの 駆除をめないと「バスの放流を続ける」「網を切る」などの脅迫状が届く(資16)水産庁および全国内水面漁協連合が外来魚の密放流について法制度を点検、「被疑者不詳」でも刑事告発する方針を確認コクチバスを密放流された群馬県の奥利根湖を管轄する利根漁協が沼田署に被疑者不詳で被害届を出すと同時に駆除を開始新潟県が釣った外来魚(オオクチバス、コクチバス、ブルーギルなど)のリリース(再放流)の禁止に踏み切る。違反者は1年以内の懲役もしくは50万円以下の罰金。コクチバスのみの再放流禁止はあったが(山梨県)、オオクチバス、ブルーギルにまで適用したのは全国初

2000 1月、財団法人日本釣振興会「釣り人宣言」を発表、私たちはバスの密放流をしませんと宣言。同時にバスの漁業権魚種化拡大を働きかける旨を明言
4月22日、立教大学で「ブラックバス問題を考える」シンポジウム開催される「ブラックバスがメダカを食う」著者で生物多様性研究会代表の秋月岩魚の元にバス・アングラーを名乗る者から、同じ脅迫状が2通届いていることが判明
秋田県八郎潟でバス釣り規制の議論
5月、山梨県河口湖漁協の組合長が、バス釣りの遊漁券を水増し発行、不正に使用したとして辞任
北海道などごく一部を除き、全国ほとんどの都府県の漁業調整規則で「外来魚の密放流禁止」が進む
6月、世界湖沼会議にさきがけ、大学生による「外来魚シンポジウム」が琵琶湖で開かれる
宮城県議会定例議会で「バスのリリース規制」が審議される
財団法人日本釣振興会、新潟県が決定した「外来魚の生体再放流の禁止」(リリース禁止)措置について、反対の立場からの要望書を提出 資料;(資1)赤星鉄馬、1996、ブラックバッス、12p、イーハトーヴ出版 (資2)ザ・スクープ、2000.7.15放映、テレビ朝日 (資3)全国内水面漁業協同組合連合会、1992、ブラックバスとブルーギルのすべて (資4)若林務、1988、大きな湖に大型バスのススメ、新・ブラックバスのすべて、週刊釣りサンデー (資5)金子陽春・若林務、1998、ブラックバス移植史、つり人社 (資6)寺島彰、1977、琵琶湖に棲息する侵入魚、淡水魚3号、財団法人淡水魚保護協会 (資7)檜山義夫、1968、魚の移植についての警告 たまりかねて一文を章す、水之趣味3月号 (資8)霞ヶ浦情報センター、1994、霞ヶ浦の魚たち (資9)琵琶湖文化館、1991、湖国びわ湖の魚たち (資10)大浜秀規、コクチバスの生態と密放流(全国河川湖沼養殖研究会講演要録) (資11)秋月岩魚・多田実、1996、「バス釣り礼賛」に重大疑義あり!、月刊views6月号、講談社 (資12)かくまつとむ、1999、ブラックバスに喰われた国、月刊BE-PAL5月号、小学館 (資13)かくまつと          む、1999、ブ ラックバスが日本の魚を滅ぼす日、FRYDAY10月25増刊号、講談社 (資14)茨城県内水面水産試験場、1999、コクチバス茨城県内で初採捕! 内水試かわら版NO.164 (資15)産経新聞大阪版朝刊、1999.10.9、震災復興池に無粋な侵入者 (資16)朝日新聞大阪版夕刊、1999.12.17、琵琶湖のバス殺すな 滋賀県に「脅迫状」