1. 意外と勘違いしやすい話し
冷陰極放電では,放電電流は主にシースを流れるイオンによって担われています. これに対して,熱陰極放電では陰極から放射された1次電子によって放電電流が決定されます.この違いは,放電を維持するために自己形成される陰極シースの形成条件に拠ります.
すなわち,冷陰極放電では放電維持条件,
Je = γJi ,γ<< 1 から J = Je
+Ji 〜 Ji .
熱陰極放電では,陰極シースが電気2重層であるための条件,
中和係数=(Ji /Je)(M
/m)1/2 = 1, J = Je +Ji 〜 Je 〜 (M /m)1/2Ji
イオン電流密度がプラズマ密度を反映しているから,同一放電流で維持されている放電プラズマの密度は,冷陰極放電の方がイオンと電子の質量比の1/2乗,(M /m)1/2 倍程度大きいことになります.
実は, 放電プラズマの密度の大小は放電電流密度で比較していけないのです. 放電プラズマを維持するための電力密度で比較すべきなのです(プラズマ粒子の損失割合が等しい場合)..ここでは,簡単のためにプラズマを電気抵抗ゼロの良導体として, 両放電姿態の電力密度 Pを考えてみましょう.とすると,電力密度は陰極シースの電圧すなわち陰極降下Vc ,とイオン電流密度Jiの積で与えられます.
冷陰極放電では,Vc > Vi /γ であるから, P > (Vi /γ)Ji 〜(Vi /γ)J ここで
Vi は電離電圧.
熱陰極放電ではでは,Vc > Vi , したがって,P > ViJi 〜
となり熱陰極放電の方がはるかに小電力であることが分かります.同一放電電流の下で冷陰極放電の方が圧倒的にプラズマ密度が大きい理由は,それだけ電気エネルギーをつぎ込んでいるからなのです.熱陰極2極放電管では,陰極シースの電子の空間電荷を中和するのに足るイオンを発生すれば良いので,小電力でも大電流を流すことが出来るわけです.換言すると,熱陰極2極放電の比較的短いプラズマ柱に於いては陰極から放出され〜eVi に加速された1次電子(電離に寄与しなかった電子)ビームが電流の大部分を運んでいることを意味します.そのことが半導体整流素子の出現以前に低インピーダンスの整流素子として多用された理由なのです(詳しくは渡辺寧先生の幻の名著「空間電荷伝導論 修教社 1950」を参照されたい).
イタリック部 2010/04/04 加筆
補遺;
前文で,“換言すると,熱陰極2極放電の比較的短いプラズマ柱に於いては陰極から放出され〜eVi
に加速された1次電子(電離に寄与しなかった電子)ビームが電流の大部分を運んでいることを意味します”,と記述してありますが誤解があると困りますの
で,補足の説明をすることにします. 通常の気体圧力(電極間距離が電子の平均電離距離よりある程度大きい場合)での動作では陰極からの豊富な1次電子の
一部のみが電離に寄与します.余分の電子ビームのエネルギーは陽極を暖めるのに消費されます. この1次電子ビームを適当な方法で電極間に閉じ込めるとそ
のエネルギーを全て電離に使えるので濃いプラズマを発生できます.また,冷陰極2極放電と異なり豊富な1次電子ビームの存在は,電極間距離が電子の平均電
離距離程度の極めて低い気圧まで放電の維持を可能にしています. (2010/09/17 加筆)