『精霊たちの家』 イザベル・アジェンデ:著 木村榮一:訳(河出書房新社)

精霊たちの家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-7)
精霊たちの家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-7)

物語世界に非現実的事象と現実が共存している「マジック・リアリズム」の手法も共通しているが、『精霊たちの家』において印象的なのは、馬ほどある大きな犬や緑の髪の美女など、どんな非現実的存在の描写にしても必ず生々しく、肉感的であるところだろう。
炭鉱夫から富農に、そして政治家にまでのし上がったエステーバン・トゥルエバ。物語は彼の人生を縦糸に、その妻クラーラと娘ブランカ、孫娘アルバの人生を横糸に織りなされる。それは一族の歴史のタペストリであり、アジェンデの叔父が大統領を務めた母国チリの現実の投影でもある。
登場人物中、最も魅力を感じさせるのがクラーラだ。いつも夢見心地で、幼い頃から手を触れずに物を動かしたり、予言をするなどの超能力を発揮。精霊と話すこともできる浮世離れした女性だ。夫の農場が地震で大打撃を被ると、しっかり者のお母さんに変身する柔軟性もある。だが危険が過ぎるとまたうっとり、ぼんやりの日々。
やがて台頭してきた社会主義の波はエステーバンの農場にも押し寄せる。その先鋒となる農場の青年とブランカの恋は破綻。二人の愛の結晶・アルバが成長した頃には、一族の守り神のような存在だったクラーラは既にない。クーデターにより政権を握った軍部が暴政を敷く中、ゲリラの若者を愛したアルバの選んだ道は……。
クラーラからブランカ、アルバへと世代が移るに従って、一族を取り巻く神秘と不思議の色は薄まり、酷薄な現実の血の色に取って変わられる。それでも生命は彼女たちの胎に宿り、一族の誰かの何がしかを連綿とその身に受け継いでゆく。その繋がりにこそ作者は最大の神秘を見出しているのかもしれない。だとすればタイトルの『精霊たちの家』とは、女性そのものであるとも言えるのではないだろうか。 編者の池澤夏樹は、世界文学全集の一冊としてこの作品を選んだ理由に「(前略)一族の大きな物語は、読み始めたら最後のページまで進むしかない」と記す。その言葉通り、読み出したら止まらない吸引力をもった小説だ。


(ウィークリー出版情報’09年4月3週号掲載)