『白い人たち』 フランシス・H.バーネット:著 砂川宏一:訳 (文芸社)

白い人たち

『小公子』、『小公女』、『秘密の花園』。これらの作品についてまったく聞いたことのない方はいないと思う。著者の名がバーネットだと知っている方も多いだろう。しかし、同じ著者に『白い人たち』というすぐれた作品のあることは、案外知られていない。
砂川宏一訳以前には、川端康成訳『小公子』(ポプラ社、一九五八年刊)の中に、全体の一部を略した抄訳がある。ここでの題は『白い人びと』。砂川氏も元は川端の抄訳でこの作品を知り、忘れられなくなる。どこかから完全訳の出るのを二十年以上待ち続けたが、ついに自ら手がけることとなった。そのエピソードからも、物語の持つ魅力が推し量られる。
主人公の少女イゾベルは、スコットランドの荒野に聳える古城の主。両親はなく、遠縁の親戚二人に育てられた。外界との交渉がほとんどない生活を送っている。ある日ロンドンに出たイゾベルは敬愛する小説家と知り合い、彼の母親とも親しくなる。
二人を慕い、二人からも慕われて過ごすうち、イゾベルは自分が神秘的な能力を持っていることに気づく。小説家と母親は、とある「恐怖」に囚われている。イゾベルの持つ能力は、二人をその恐怖から救い出すことのできるものだった。
登場する人物たちの姿から、ふと「愛別離苦」という仏教用語が連想された。愛別離苦は、人が人生で味わう八つの苦しみの中のひとつ。愛する者と生別、死別する苦しみの意だ。バーネットには息子が二人いたが、長男は病死。その悲しみを経て書かれたのが『白い人びと』だ。作中には聖書を賛える台詞が多く見られる。 バーネットは敬虔なキリスト教徒だった。苦しみや悲しみなど、現実生活での問題を解決するためのテキストとして、聖書を深く読み込んだのだろう。そして生み出したのは、宗教や人種を超えて人間の共感を呼ぶ話だった。
物語の終盤の美しさは比類なく、まるで文章自体がひとつの救いであるかのようだ。短編集『掌の小説』で哀感溢れる幻想譚を綴った川端康成が訳をこころみたのも頷ける。抄訳の載った『小公子』は現在入手が難しいが、図書館などで手に入れば、完全訳『白い人たち』と併読してみるのも興味深い。


(ウィークリー出版情報’05年6月3週号掲載)