『論理表現のレッスン』 福澤一吉:著 (日本放送出版協会)

論理表現のレッスン (生活人新書)

何を考えているか理解できず、一緒にいると漠然とした不満の溜まる存在に出会うことがある。相性の問題だと割り切ろうとしても、気まずい存在であることに変わりはない。
 『論理表現のレッスン』(NHK出版)を読み、気まずさのしのぎ方を体得した気分になれた。本書によれば、人間の思考はそもそもハチャメチャに飛躍するよう仕組まれている。飛躍した思考を第三者と共有できる形に整え、表すためのルールが論理であるという。『「論理的に思考する」のではなく、「思考を論理的に表現する」ことが大事』。そのためのツールとして言葉がある。
文中に例として出される議論や会話では、言葉に対する解釈が人によって異なる様子が示される。同じ「我慢する」という表現でも、ある人は積極的な意味に捉え、ある人は精神と肉体の限界を越えた状態を思い浮かべるのだ。事前にその意味を統一すれば話し合いの効率はあがる。
 『語と語、句と句、文と文との関係性にこころを向け、その関係性に注意を集中すること』が「論理的である」ということでもある。
他者の価値観に誠実な関心を示すこの考え方は、コミュニケーションの基本姿勢でもある。冒頭に挙げた「相性」という表現も、改めて考えれば漠とした概念ではある。苦手意識を一度離れ、気まずい存在と自分とに共通のルールを見つければ、歩み寄りの機会があるかもしれない。どう検討してもルールがひとつも見つからなかったら、それが自分にとっての「相性」の認識だったと思うこともできる。自分の思考が即時に理解できるのは自分だけだ。そこには思い込みも多い。他者との関わり合いの中では常に意識的に、相手に理解されるような言葉を組み立てなければならない。
 著者は大学で心理学を教えている。教育の現場にあって、学生たちのレポート作成やプレゼンテーションにおける表現力不足に驚き、論理表現やディベートの重要性を痛感したという。本書は『議論のレッスン』という本の続編にあたるが、内容は独立している。人と人、人と事物が関わり合う際の、考え方のプロセスを示唆してくれる。


(ウィークリー出版情報’05年8月3週号掲載)