『ある小さなスズメの記録』 クレア・キップス:著 梨木果歩:訳 (文藝春秋社)

ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯 (文春文庫)
ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯 (文春文庫)

時は第二次大戦下。灯火管制の敷かれたイギリスで、元ピアニストの著者は瀕死のスズメの雛と出会い、保護する。翼と脚に障碍を持つこのスズメはクラレンスと名付けられた。
本書には、彼が著者と生活を共にし、病を乗り越え、老衰による死を迎えるまでの十二年の歳月が綴られている。
クラレンスはイエスズメという種類のスズメ。日本のスズメと似ているが、容姿や鳴き方は微妙に異なる。
野生にあってはまず生きる見込みのなかったクラレンスだが、筆者の愛を一身に受け、数々の才能を花開かせた。ヘアピンで綱引きしたり、カードをくるくる回したり、人の手の「防空壕」に隠れたりする彼の芸は、空襲下のロンドンで人々の心を慰めた。後年はピアノ演奏に合わせて「歌う」芸も身につけている。これらの芸はクラレンスが自分の楽しみとして開発し、筆者が洗練された形に導いている(そういえば以前ロシアの猫サーカスを観た折、動物の個体の癖や好みを芸に発展させるやり方が効果的だと聞いた)。
クラレンスの多芸ぶりは、そのまま彼の活発な知性と旺盛な好奇心を示している。「十分な勇気と強い個性があれば、畸形もまた一つの特性となりうる」という著者の言葉通り、クラレンスは自らの障碍を工夫と努力でカバーし、しかもその過程を楽しんだ。著者もそんなクラレンスのために工夫と努力を怠らず、常に快適な環境を作り上げてやる。
息詰まる闇の一夜や空爆を共に切り抜けたこのコンビの、互いへの細やかな情愛、「巣籠もり」の幸福感は胸に沁みる。それゆえに、クラレンスの「最後の日々」は涙なくしては読めない。
私の身近にもかつて、賢く優しく、死期を前にして深い精神性すら示した猫がいた。看取った母は「みんな、生きたように死んでいく」と述懐した。クラレンスの最期もその通りで、涙と同時に背筋の伸びるほど畏敬を感じる。
日本ではカラスと並んで身近な鳥と思われているスズメだが、その数はここ二十年で半減したと言われているそうだ。営巣に適した木造建築や餌場が減り、スズメが少子化したことなどが原因らしい。小さな茶色い坊主頭が見当たらない町の情景はさびしいものだ。我らがクラレンスの仲間たちのため、庭に米を少しずつ撒くのが新しい日課になった。


(ウィークリー出版情報2011年2月3週号掲載)