『囚人のジレンマ』
リチャード・パワーズ:著 柴田元幸/前山佳朱彦:訳 (みすず書房)

囚人のジレンマ

話す言葉のほとんどすべてが警句や格言、駄洒落や皮肉に満ちて謎めき、本意を汲み取るのは容易でない。
そんな人がふらりと立ち寄った占いの館の占い師ではなく、家に鎮座する自分の父親、または夫であったらさぞ手強いだろう。ホブソン家の家長・エディはまさにそういった人物だ。職も住所も転々とし、突然昏倒するという病を抱えているが、病院には頑として行かない。頭の中では架空の街「ホブズタウン」を作り上げ、その年代記を口述筆記するのに夢中だ。
ある晩エディは、ゲーム理論の有名な命題「囚人のジレンマ」を話題にする。裏切りと協調、二つの選択肢が与えられた二者間で、片方が裏切れば片方は破滅、互いに裏切れば互いの小さな痛手、互いに協調すれば互いの大きな痛手となることがわかっているとき、どの道を選ぶのが最良かという問題だ。子どもたちに最良策を提起させてはその問題点を指摘するエディ。しかし彼自身も実はある連綿としたジレンマに陥っているのだった。
大人の姿をした知的な問題児・エディと、彼に翻弄されつつ彼を慕う家族の姿が微笑ましい。ただ、彼らの交わす会話は機知に富みすぎていて、ページの横に付された膨大な注釈のお蔭でようやく楽しめた。英語とアメリカ文化史に造詣が深ければ、より深く本書の魅力を堪能できるだろう。
エディの脳内世界「ホブズタウン」は虚構世界と呼ぶにはあまりに現実的に構築されている。第二次大戦中のアメリカを基盤としたその空間にはウォルト・ディズニーまでもが存在する。
「信頼にしたがって歩むかぎり、ゲームをつづける価値がある」「きみが信じれば、みんなも信じるのさ」というディズニーの言葉は、「囚人のジレンマ」のひとつの理想主義的解答だが、果たしてそれはエディのジレンマの解決策につながるのか……。
「ホブズタウン」の詳細な記述、エディと彼の家族のやりとり、家族ひとりひとりのモノローグ。交互に綴られるそれらの物語は、エディの突然の失踪を起爆剤に、融合してひとつになっていく。歴史と個人、家族と個人、現実と空想もまた、分かちがたく結ばれた姿で浮き彫りになる。
エディの病の正体、彼が逃亡しつつ戻ろうとしていた場所に思いを馳せながらページを繰ると、最後にはいかにもこの小説らしい展開が待っていてくれる。


(ウィークリー出版情報’07年9月3週号掲載)