『パンダの死体はよみがえる』 遠藤秀紀:著 (筑摩書房)

パンダの死体はよみがえる (ちくま文庫)

インパクトのある題名から、一瞬ホラーを連想するが、そうではない。
著者は解剖の現場に携わる気鋭の学者。動物の死体は知の宝庫、未来に引き継がれるべき財産だと説き、それらを生ごみとして扱う近年の社会や学会に警鐘を鳴らす。その主張は動物の死体を「遺体」と呼ぶ姿勢にも表れる。そして遺体に秘められた謎、その謎が解明されるまでのプロセスが、主にパンダの手の解剖を通してスリリングに語られる。元はクマ科の肉食動物だったパンダ。その手は親指が他の四本の指に平行して伸びている。本来、竹のような丸く細いものを握りこむには向かない。では一体どんな仕組みで竹を掌中に保持できているのか。
著者はジャイアントパンダ・フェイフェイの解剖の現場を文章で再現しながら、読者に「遺体科学」の追体験をさせてくれる。説明に専門用語が並び、堅苦しくなりそうな箇所では、「私が短母指外転筋・母指対立筋なら、嬉々として(中略)収縮を試みるだろう」とユーモアを交えつつ、観察対象に入り込む視点の重要さを示す。
動物学的な記述ばかりではない。第三章の「語り部の遺体たち」では、保存された遺体が担う時代や文化史的背景にも話題が広がる。スミソニアン博物館の毛皮標本からはルーズベルトとテディ・ベアにまつわる逸話が呼び起こされ、東大農学部の保管する「忠犬」ハチ公の臓器からは生前のハチの意外な暮らしぶりが推定される。
ハチを忠犬と呼ぶに至った当時の日本の時代背景も物語られて興味深い。
遺体を見つめ、遺体の持つ履歴の行間を読めば、確かに「死体はよみがえる」のだということが信じられてくる。
第四章の最後で、東京上野の国立科学博物館の展示室「大地を駆ける生命」が紹介されている。著者が手がけた遺体の展示室だ。理念の一端が現実化している場所を見てみたくて足を運んだ。剥製の遺体たちはガラス張りの展示スペースの中だが、床に高低差が設けられているので、さまざまな角度から眺められる。この本の立役者・フェイフェイも、娘トントンと共にここに並ぶ。もの言わぬ遺体たちを拝観しながら、彼らの毛並みの下に内包されている数多の歴史と謎に思いを馳せた。


(ウィークリー出版情報’05年4月3週号掲載)