『無限』 ジョン・バンヴィル:著 村松潔:翻訳 (新潮社)

無限 (新潮クレスト・ブックス)
無限 (新潮クレスト・ブックス)

「神の視点」。私、僕など一人称で自分を表す語り手による物語に対し、登場人物全てが彼・彼女といった三人称で呼ばれる物語が、神のように俯瞰した立場から書かれているとき、使われる言葉である。
ここでの「神」は比喩なのだが、近年この言葉を逆手に取ってか、神そのものが人格を持って物語を綴る「神の視点の一人称小説」が現れるようになった。本書もそんな中の一冊である。
舞台はアイルランドの片田舎にある屋敷。ここに降臨している語り手は、古代ケルトの神でもなければ、カトリックの神でもない。ギリシャ神話でお馴染み、オリンポス十二神の一人であるヘルメスだ。
ヘルメスは神々の伝令で、旅人の守り神。ひいては死者の魂を冥府へ導く神であるともされる。
そんなヘルメスが見守っているのは、屋敷で死にかけている一人の老数学者・アダムと、彼を取り巻く面々。アダムの妻、息子と娘、息子の妻、使用人、訪問者、飼い犬……。
ヘルメスは皆の間を縦横無尽に飛び回り、昏睡状態にあるアダムも含めた彼らの心の機微を陽気にさらけ出す。
ヘルメスの父である天帝ゼウスも時折登場しては神話通りの好色ぶりを発揮、アダムの息子の美しい妻に戯れかかる。そんな父に呆れつつ、ヘルメス自身も人間に変装して彼らの間に立ち混じり、いたずらを楽しむ。
人間以上に人間くさいギリシャ神話の神々ならではの行動で、だからこそ著者に語り手として白羽の矢を立てられたのだろう。
不死の存在が死すべき人間にちょっかいを出し、新鮮な生命の刺激を享受する、という設定には既視感があるものの、微笑ましい描写となっている。
「神が降りた」とか「魔が差した」という瞬間の出来事がすべてこうした人格神たちのいたずらであるとしたら、腹立たしくも可笑しいものだ。
死にゆくアダムを遠く近く取り巻いて紡がれる夏の一日。悔恨や追憶に浸ったり、意外な新しい関係が芽生えたり。すべてを見ている「神の視点」は透徹しつつも温かく、死という容赦ないものに向き合いながらも読後感は明るい。ラストはヘルメスが「思いがけない幸運」や「家畜の増殖」をも司る神であったことが思い出され、にやりとさせられる。


(ウィークリー出版情報2012年12月3・4週号掲載)