『クラカチット』 カレル・チャペック:著 田才益夫:訳  (青土社)

クラカチット

主人公は火薬研究所の技師プロコプ。彼は物質を原子レベルで破壊することができる脅威の爆薬を発明する。いわば原子爆薬だ。その爆薬、クラカチットが突然暴発。譫妄状態になったプロコプの元から、昔の友人と名乗る男がクラカチットとその作成のための化学方程式を盗み出してしまう。
自らの発明が悪用されるのを阻止せんと、プロコプは男の行方を捜す。盗まれた化学方程式が不完全だったため、プロコプ自身もまた、金儲けや軍事目的の人々につけ狙われる。
戦争協力を断固拒否する主人公の善良さにも関わらず、この物語が一種のピカレスク(悪漢)小説のようにも読めるのは、 浮き沈みが激しくエネルギッシュな彼の性格のためだろう。
物事への偏執狂的こだわりや、自分の指が吹っ飛ぶのにも頓着せず火薬や爆薬の実験に没頭する一徹さには、狂気と紙一重の危うさがある。そんな彼だが女性とのロマンスは絶えない。名前も知らない一女性の面影を忘れられないくせに、 昔の友人の妹と恋に落ちる。とある国家に監禁される憂き目にあっても、反逆と逃走の合間を縫ってその国の王女と惹かれあう。
すべての存在が爆発する可能性を秘めている、と説くプロコプ。行く先々で大なり小なり事件を起す彼自身、人間の姿をしたクラカチットに思えてくる。彼が自由の身になったとき、クラカチットが原因である惨劇が起こる。自らの発明を呪うプロコプを、擬人化された悪魔や神との邂逅が待ち受ける。
すべては病んだプロコプの頭の中で起こった出来事だ、と読むこともできるだろう。しかし大量殺人兵器製造への警鐘ははっきりと鳴り響く。この作品が発表されたのは原子爆弾が製造される二十数年前であったというから、予言書のような性格も併せ持つ。
重いテーマを扱っていながら語り口は軽妙洒脱でユーモアたっぷり。その一方でプロコプが幻視する情景は非常にリアルでグロテスク。善も悪も内包した人間という存在の持つエネルギー、また、そのエネルギーの昇華の形を鮮烈に綴った物語でもある。
著者チャペックはチェコスロヴァキアの国民的作家。戯曲『ロボット』や小説『山椒魚戦争』などで社会諷刺の筆を揮い、反ファシスト運動に携わり、園芸や写真を愛する多才の人だった。


(ウィークリー出版情報’08年2月3週号掲載)